フライング単発 甲子夜話卷之十七 19 新長谷寺鸛の事幷いかり草の功能
[やぶちゃん注:以下、現在、電子化注作業中の南方熊楠「鴻の巢」の注に必要となったため、急遽、電子化する。非常に急いでいるので、注はごく一部にするために、特異的に《 》で推定の歴史的仮名遣の読みを挿入し、一部に句読点も変更・追加し、鍵括弧記号も用い、段落も成形した。]
17-19 新長谷寺鸛の事幷《ならびに》いかり草《さう》の功能
靑山新長谷寺《しんちやうこくじ》【曹洞宗。】の屋上に、鸛《こふのとり》、巢を構へて、雌雄、常に居《を》る。
住持、これを憐《あはれみ》て、日々、𩚵[やぶちゃん注:音「カン・テン」。「すりゑ」と訓じておく。「擂り餌」。]を與へて馴《ならせ》たり。
後《のち》、鸚、卵《たまご》を生ぜしが、或時、雌雄とも何《いづ》れへか往き、住持も他行《たぎやう》せし折から、奴僕《ぬぼく》、かの屋脊《をくせき》に上り、
「卵を取り、煮て、食せん。」
とする中《うち》に、住持、歸《かへり》たれば、二羽とも、庭中《にはなか》に立《たち》て、哀訴する體《てい》なり。
住持、異《あやし》みて、彼是《かれこれ》と思惟《しゆい》し、遂に、其僕を糺《ただし》て、卵を取《とる》の狀《じやう》を聞得《ききえ》たり。
乃《すなはち》、その煮たる卵を見るに、はや、熟したり。
住持曰《いはく》、
「この如くなれども、かの鳥の心を慰《なぐさむ》るには、足らん。」
迚、卵を、もとの如く、巢に入れたるに、鸛、喜《よろこび》たる體にて、又、これを暖め居《をり》しが、是より後、三、四日も、一羽、見えず。
人、疑ひゐたるに、又、歸來《かへりきた》る。
然《しかる》に、一草を啣《ふく》み來れり。
而《しかして》、その後、卵、遂に、雛となる。
人、以て、
「不思議。」
とす。
「其草實《くさのみ》、屋上より落《おち》て、庭中に生ぜしを見るに、『いかり草』【漢名、「淫羊藿」。】にてありし。」
と云《いふ》。
人、評す。
「煮卵の雛となりしは、此草の功能には、あらじ。彼《かの》鳥の至誠ならん。」
と【「淫羊藿」は、「本草綱目」、「主治」を云《いへ》るに、『丈夫久ク服レバ令ムシテ二人ヲ有ラ一ㇾ子』と見へ、『其餘丈夫ノ絕シテㇾ陽ヲ無クレ子、女人絕シテレ陰ヲ無キㇾ子に功ある。』と見ゆ。鸛、蓋《けだし》これを用《もちひ》てする乎。】。
■やぶちゃんの呟き
「靑山新長谷寺【曹洞宗。】」現在の港区麻布にある曹洞宗大本山永平寺別院兵龍山長谷寺(グーグル・マップ・データ)のことであろう。麻布大観音が知られ、喜劇俳優榎本健一・歌手坂本九・作詞家阿久悠・日本画家黒田清輝などの著名人の墓が多いことでも知られる。
「いかり草」「漢名」「淫羊藿」モクレン亜綱キンポウゲ目メギ科イカリソウ属イカリソウ Epimedium grandiflorum var. thunbergianum 。当該ウィキによれば、『和名』『「錨草」』で、『花の形が和船の錨に似ていることに由来する』。『茎の先が』三『本の葉柄に分かれ、それぞれに』三『枚の小葉がつくため、三枝九葉草(さんしくようそう)の別名がある』。『地方によって、カグラバナ、ヨメトリグサともよばれ』、『中国』での『植物名は淫羊藿(いんようかく)』とあり、『花言葉は、「あなたを離さない」である』とあった。『薬効は、インポテンツ(陰萎)、腰痛のほか』、『補精、強壮、鎮静、ヒステリーに効用があるとされる』。『全草は淫羊霍(いんようかく、正確には淫羊藿)という生薬で精力剤として有名である』。『淫羊霍とは』、五~六『月頃の開花期に』、『茎葉を刈り取って天日干しにしたもので、市場に流通している淫羊霍は、イカリソウの他にも、トキワイカリソウ、キバナイカリソウ、海外品のホザキノイカリソウ(ホザキイカリソウ)も同様に使われる』が、『本来の淫羊霍は中国原産の同属のホザキノイカリソウ E. sagittatum』『(常緑で花は淡黄色)で』、『名は』、『ヒツジがこれを食べて精力絶倫になったという伝説による』。『イカリソウの茎葉には有効成分としてはイカリインというフラボノイド配糖体と、微量のマグノフィリンというアルカロイドなどが含まれ、苦味の成分ともなっている』。『充血を来す作用があり、尿の出を良くする利尿作用もあるとされている』とある。
「本草綱目」「主治」「丈夫久ク服レバ令ムシテ二人ヲ有ラ一ㇾ子」「其餘丈夫ノ絕シテㇾ陽ヲ無クレ子、女人絕シテレ陰ヲ無キㇾ子に功ある」同書の巻十二下の「草之一」に載る。原文は「漢籍リポジトリ」のこちらの[037-25b]の影印本を参照されたい。以上の引用文を訓読しておくと、
*
丈夫、久しく服(ぶく)すれば、人をして、子を有らしむ。
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其の餘よ、丈夫の陽を絕して、子、無く、女人(によにん)、陰(いん)を絕して、子、無きに功ある。
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である。
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