大手拓次 「赤い幽靈」
[やぶちゃん注:本電子化注は、初回の冒頭に示した通りで、岩波文庫の原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年刊)からチョイスし、概ね漢字を正字化して、正規表現に近づけて電子化注したものである。
以下は、底本の編年体パートの『『藍色の蟇』時代Ⅱ(大正後期)』に載るもので、底本の原氏の「解説」によれば、大正七(一九一八)年から大正一五(一九二六)年までの数えで『拓次三一歳から三九歳の作品、三四一篇中の四七篇』を選ばれたものとある。そこから詩集「藍色の蟇」に含まれていないものを選んだ。同時期の拓次の様子は、先の回の冒頭の私注を参照されたい。]
赤い幽靈
おまへは星のさきみだれる沼からあがつてきた
一ぴきの幽靈だ。
封じられた感覺をのりこえて、
さびしいいなづまのやうにとびさる。
おまへは一ぴきの赤い幽靈だ。
あでやかにとぎすまされた白い骨壺のなかへ、
ふたたび影をおとさうとするのか。
ああ、おまへは瘴地(しやうち)にさく緋色の蘭のやうに、
そのくちびるに水をふくみ、
ふはふはとうかんで、
にげてゆく月の舌をおひかけるのだ。
[やぶちゃん注:「壺」異体字に「壷」があるが、詩集「藍色の蟇」での用字に従った。
「瘴地」(現代仮名遣「しょうち」)は、汎世界的に、熱帯及び亜熱帯地方に於ける熱病等を起こさせるものとされた、悪気や毒気を発するところの霧の如き「瘴気」を生み出す山川の地を指す。漢語で「瘴気」「瘴氛」(しょうふん)などとも言った(漢籍でも頻繁に出現する)。ウィキの「瘴気」によれば、欧米などでは、『「マイアズマ」「ミアスマ」「ミアズマ 」』『miasma』とも称し、『これはギリシア語で「不純物」「汚染」「穢れ」を意味する。漢字の「瘴」は、マラリアなど熱帯性の熱病とそれを生む風土を』指すので「地」は畳語と言える。代表的な対象疾患はマラリア』(ドイツ語:Malaria/英語:malaria)『であり、この名は古いイタリア語で「悪い空気」という意味の mal aria から来ている』とある。]