大手拓次 「のび上る無智の希望」
[やぶちゃん注:本電子化注は、初回の冒頭に示した通りで、岩波文庫の原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年刊)からチョイスし、概ね漢字を正字化して、正規表現に近づけて電子化注したものである。
以下は、底本の編年体パートの『『藍色の蟇』時代Ⅰ(大正前期)』に載るもので、同パートについては、先のこちらの冒頭注を見られたい。]
のび上る無智の希望
黃金色(こがねいろ)の鍋のなかに泡立つて
純麗な姿をのばしてゆく幼い盲目の希望よ、
錚錚と鳴る鍊鐵の鍵(くさり)のかすれにも似て
迷妄を押しのけてひろがる强いリズムのおもざし、
五月の庭に咲く薔薇のほこりをうかべて。
この、智慧なく、力なく、目(め)あてなき怪しい迫進の夢魔におそはれ
赤い瓣のやうな脣をうながしてよろめく。
實(みの)る木の實の果皮(かは)はやぶれて果肉はただれおち、
日にうつりうなだれるとき、
命のない、けれど幸福なる影は蟲のやうに這(は)ふ。
[やぶちゃん注:「瓣」「はなびら」。]