大手拓次 「氷河の馬」
[やぶちゃん注:本電子化注は、初回の冒頭に示した通りで、岩波文庫の原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年刊)からチョイスし、概ね漢字を正字化して、正規表現に近づけて電子化注したものである。
以下は、底本の編年体パートの『『藍色の蟇』時代Ⅱ(大正後期)』に載るもので、底本の原氏の「解説」によれば、大正七(一九一八)年から大正一五(一九二六)年までの数えで『拓次三一歳から三九歳の作品、三四一篇中の四七篇』を選ばれたものとある。そこから詩集「藍色の蟇」に含まれていないものを選んだ。同時期の拓次の様子は、先の回の冒頭の私注を参照されたい。]
氷河の馬
眼がふしぎの草をはやし、
耳が大空にかくれる月のにほひをかぎわける
やせた美しいをとこの馬。
あをざめた霧のしきりにとびかふ氷河のうへに、
おもおもしい過去のゆめはたれかかり、
つめたい命のらふそくをかみくだく馬は、
ひづめのおとをたて、
たれかかるその夢のなかにあらはれる。
馬はひとすぢの霧、
きりはまた、めづらしい花をひらくひとつの草、
ひづめのおとは寶石のつながりとなつて、
氷河のうへにうごく亡魂を追ひちらし、
さて、しづかに呼びかへしてともどもにひかりのみちにかけてゆく。