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2023/04/24

佐々木喜善「聽耳草紙」 四九番 呼び聲

 

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。]

 

   四九番 呼 び 聲

 

 タラギの右源太と云ふ人があつた。下岩泉《しもいはいづみ》の下《しも》のカゲに鱒梁《ますやな》をかけておつたので、每夜水マブリに出かけておつた。

[やぶちゃん注:「下岩泉」岩手県下閉伊郡岩泉町(いわいずみちょう)岩泉新町のこの附近(グーグル・マップ・データ航空写真)。読みはポイントした「町民バス」のバス停名「下岩泉」で確認した。「ひなたGPS」の戦前の地図のここで旧地名が確認出来る。

「カゲ」「人目につかないところ」の意か。後に「カゲの山」とあるから、岩や藪などでで「陰ったところ」の意かも知れない。

「鱒梁」「梁」(やな)は、川の瀬に杭を打ち並べて水を堰き止め、一ヶ所だけを開けて簀(す)を張り、川を上り下りする魚を、そこに受けて取る仕掛けを言う。「鱒」は実は一種の和名ではない。詳しくは「日本山海名産図会 第四巻 鱒」の私の冒頭注を参照されたい。]

 或る夜も水マブリに行くと、ソウジボナイと云ふ澤の方から、大きな行燈《あんどん》に似た不思議な光物《ひかりもの》がブラブラと出て來た。そして自分の步く一間[やぶちゃん注:約一・八二メートル。]ばかり前を、ユラリユラリと恰度《ちやうど》同じやうな合間(アヒマ)を置いて飛んで行く。奇態なものもあるもんだ。これアヘタをするとダマされるか、カカられて殺されてしまう[やぶちゃん注:ママ。]かも知れないと思つて、用心して居たが、別段そんなやうな模樣もない。たゞ足もとを明るくしてくれながら行く。右源太も怖れながら其のアトについて行くと、やがてカゲに着いて梁場《やなば》へ下りる細道に入つた。すると其の火塊(ヒダマ)はツツと飛び方を速めて遠くへ消えて行つた。氣味は惡かつたが、これアお蔭で助かつたと、一晚げえ梁場を守(マブ)つて翌朝家に歸つた。

[やぶちゃん注:「水マブリ」「野田村通信ブログ」(岩手県九戸郡野田村)の「ワンポイント野田弁☆野田村の方言(前編)」に、「『まぶる』 見守る 「まぶってください」(神仏に守ってもらうよう祈る言葉)」とあったので、「梁場を守(マブ)つて」から見ても、簗の附近の「水」辺を「見張り」「見回り」することととれる。

「ソウジボナイ」先の「ひなたGPS」で調べたが、それらしい場所は見当たらなかった。

「一晚げえ」岩手県宮古地方のJin氏 編の「宮古弁 小辞典」に『ばんげ ばんげえ』があり、『晩景(ばんけい)』・『夕方』・『晩方』・『夜』とあったので、「一晩中」の意ととれる。]

 其の次の晚からは先祖傳來の銘刀を腰に打ち込んで梁場に行つた。ある夜水際で火を焚いて守つて居ると、夜更けにカゲの山から、ホイホイと呼ぶ者がある。この夜更けに不思議だナ、ゾウヤこれア俺を呼んで居るベエが、若しかしたら化物ではなかんベエかと思つて、腰の刀に手をやつて握り締めてゐた。向ひ山からは頻りに、ホイホイと呼ぶ、暫時(シバラク)經《た》つてその呼び聲が止んだと思つたら、今度はとても大きな聲で

  銘はあるにはあるが

  手のうち三寸に疵(キヅ[やぶちゃん注:ママ。])があるツ

 と三遍繰り返して叫んだ。これアいよいよ奇態なことだ。銘はあるにはあるが手の内三寸に疵がある……きつと俺の刀を見て云ふのだらうか、一體何物だベエと思つたら、とても怖くて、直ぐに大急《おほいそぎ》で家に歸つて來た。そして思ひついて刀を拔いて檢べてみたら、なるほど鍔際《つばぎは》から三寸ばかりの所に刄《は》こぼれがあつた。これは俺もさつぱり知らないで居つたのに、よくも之を見すかしたもんだ。あれは屹度《きつと》化物だと言つて、その翌夜からは一人では梁場に行かなかつた。

[やぶちゃん注:「ホイホイと呼ぶ者」私は一読、鬼火の一種である妖火「ホイホイ火(び)」を想起したが、ウィキの「じゃんじゃん火」によれば、それは、奈良県天理市柳本町・田井庄町・橿原市の伝承とし、『雨の近い夏の夜、十市城の跡に向かって「ほいほい」と声をかけると飛来して、「じゃんじゃん」と音を立てると消える。ホイホイ火(ホイホイび)とも呼ばれる』とあり、一般的な掛け声の一致に過ぎず、怪火でもないので、違うようだ。寧ろ、「怪異・妖怪伝承データベース」のこちらにある「ほいほい」或いは「白むじな」と項立てする福島県相馬郡飯館村の山の怪異の一種で、『まぐろ売りからまぐろを買って食べ、寝ていると』、『夜中に「ほーい、ほい、ほい」という声が谷のほうからする。声は普通の人とちがって何か変である。枯れ木に火をつけ谷底に落とすと、がさがさ逃げる音がして静まった。白むじなであろうと言い合った』とある方が遙かに親和性が強いかも知れない。因みに、「白むじな」というのは、想像上の幻獣か、或いは、狸の老成したと信じられた妖怪か(白はアルビノというより、老成した猿の変化(へんげ)を白猿と伝えたのと同じ民俗伝承上の怪獣かも知れない)、又は食肉目ジャコウネコ科パームシベット亜科 Paradoxurinaeハクビシン属ハクビシン Paguma larvata がモデル候補にはなるか。孰れにせよ、人知を超えた神通力を持った人語を操れる「声」だけの妖異というのは、なかなかに凄腕ではある。]

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