大手拓次 「とも寢の丘」
[やぶちゃん注:本電子化注は、初回の冒頭に示した通りで、岩波文庫の原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年刊)からチョイスし、概ね漢字を正字化して、正規表現に近づけて電子化注したものである。
以下は、底本の編年体パートの『『藍色の蟇』時代Ⅰ(大正前期)』に載るもので、同パートについては、先のこちらの冒頭注を見られたい。]
とも寢の丘
雨のなかを裂いて鐘はきこえる、
まるくふとつた鐘のおと。
をか目するふたつの眼が始終わたしについてゐて、
きらりきらりと光る。
鬱屈したはだしの心は
血のやうな淚をながして
眞珠の戀をもとめる。
をとめよ、をとめよ、
おまへの豐頰にわたしの舌をうゑさしてくれ。
脣は野飼ひの馬のやうにあばれる、
薰香の熱氣は白い焰のしぶきをおこしてきほひたつ。
かなしいただひとりのをとめよ、
時劫の圈外に法樂(ほふらく)のとも寢の床をとらう。
ほころびるをかのうへに、
みどりの羽をおまへにきせてやらう。
[やぶちゃん注:「焰」の字は底本で使用されている字体である。
「をか目」「傍目」「岡目」。「をか(おか)」は「傍・局外」の意で、「他人の行為を脇から見ていること・局外者の立場から見ること・傍観」の意であるが、今は「傍目八目」(おかめはちもく)位でしか使わないだろう。
「時劫」「じごふ(じごう)」「じこふ(じこう)」で、「劫(こふ)」は「極めて長い時間」の意であり、「永遠に続く時間」のこと。]