大手拓次 「くちびる」
[やぶちゃん注:本電子化注は、初回の冒頭に示した通りで、岩波文庫の原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年刊)からチョイスし、概ね漢字を正字化して、正規表現に近づけて電子化注したものである。]
くちびる
みづ枝と風と
ちらちらとほのかに燃える火を呼んで、
暮れかかるふもとの藁屋(わらや)に
ちらちらと火を呼んで。
お前のやさしい眼から隱れてしまひ、
物思ひといふ精靈の戀は
流れのなかにとまる渦のやうに
一息ごとに姿が變つてゐる。
戀の火はちらちらともえそめる。
ふもとの藁屋から、
田舍町の祭りの夜から。