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2023/04/04

大手拓次譯詩集「異國の香」 灰色(ホルベス・モッス) / 訳詩篇本文~了

 

[やぶちゃん注:本訳詩集は、大手拓次の没後七年の昭和一六(一九三一)年三月、親友で版画家であった逸見享の編纂により龍星閣から限定版(六百冊)として刊行されたものである。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」のこちらのものを視認して電子化する。本文は原本に忠実に起こす。例えば、本書では一行フレーズの途中に句読点が打たれた場合、その後にほぼ一字分の空けがあるが、再現した。]

 

 

  灰 色 モツス

 

やはらかい灰色の長上衣を今着やう、

すつかり銀色してゐる柳のやうに。

わたしの戀人、 あの人は灰色を好みます。

牡丹蔓(ぼたんづる)のやうに絹の綿毛をもつて、

それは露のまきちらされた生垣に冠を貸します。

わたしの戀人、あの人は灰色を好みます。

 

夢のなかに包まれて私はぢつと見てゐます、

圍爐裏のなかに火の粉が光つてをりますのを。

わたしの戀、 お前は逗くへ行つてゐる。

やはらかな灰色の灰は落ちて剝れます、

この沈默の場所一面に煙の雲がただよひます。

そしで私はまた、 灰色を好みます。

 

わたしは灰色の光が夢みる所に眞珠を思ひます、

露のベールがきらきらすろところに赤楊(はんのき)を思ひます、

わたしの戀、お前は遠くへいつてゐる。

名高い、 人に知られた灰色の髮の人たちよ。

あなたの色の褪めた捲毛はうすい鳶色をしてゐました、

そして私は、また灰色を好みます。

 

小さい灰色の蛾は室のなかをとびまはります、

光りにそそのかされて

わたしの戀人、 あの人は灰色を好みます、

おお小さな夜の蛾よ、 私遠はお前のやうである、

私達はみんな光りのまはりをとびまはります。

沼地や銀河のなみに燈火(あかり)を見て。

 

[やぶちゃん注:第二連の五行目の「煙」は、その異体字で「グリフウィキ」のこれであるが、表記出来ないので、「煙」とした。。

 ホルベス・モッスは不詳。当初、アルゼンチンの作家で詩人でもあったホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges 一八九九年~一九八六年)かと思ったが、「モツス」という発音に相当するネームは本名にも含まれないので違うだろう。識者の御教授を乞うものである。

「牡丹蔓(ぼたんづる)」双子葉植物綱キンポウゲ目キンポウゲ科センニンソウ属ボタンヅル Clematis apiifolia 。落葉蔓性の半低木である。M.Ohatake氏のサイト「四季の山野草」の「ボタンヅル」が多くの写真があり、解説もよい。そこに『花は繊細だが、家畜も近づかない毒性がある』とあった。

「圍爐裏」「いろり」。]

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