佐々木喜善「聽耳草紙」 四二番 夜稼ぐ聟
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここ。]
四二番 夜稼ぐ聟
或所に、非常にセツコキな聟があつた。晝間は寢ていて、夜は遊んで步く、何か仕事を言いつけると、かえつて惡い事をするというようで、博打などばかり好きで、打つて廻つていた。[やぶちゃん注:「セツコキ」現代仮名遣「せっこき」「せっこぎ」で、岩手方言で「怠けること・怠け者・面倒臭がり・ 物ぐさ・ 手間を惜しむこと或いはその行為や人」を指す。]
或る時、舅《しうと》が夜になつて働きに行つて來いと云ふと、お寺の墓場へ行つて死人《しびと》を掘ツくり返して擔《かつ》いで來て、戶口に置いた。
翌朝、舅が、聟に、お前は昨晚、何を稼《かせ》いで來たかと聞くと、昨夜の仕事は戶口にありますと言つた。戶口へ行つて見ると、一人の若い女の死骸があつた。舅はその死人をよく洗ひ淨めて、髮を立派に結つて美しく着飾らせて、駕籠に乘せて、あるお宮のお祭禮にかついで行つた。そしてお宮の玄關で、其の死人を出してオイオイと泣いて居ると、御參詣にお出でになつた殿樣がこれを見て、その譯をたづねた。そこで舅が今日の御祭りに娘を連れて參詣に來たが、娘が玄關でつまづいて死んだので、斯《か》うして泣いて居ると申し上げると、殿樣は不憫に思つて澤山の金を與へて行つた。
(雫石村の話、田中喜多美氏の御報告の分の七。)
[やぶちゃん注:「雫石村」岩手県岩手郡雫石町(しずくいしちょう:グーグル・マップ・データ)。
「田中喜多美」既出既注。]
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