「曾呂利物語」正規表現版 第五 / 二 夢爭ひの事
[やぶちゃん注:本書の書誌及び電子化注の凡例は初回の冒頭注を見られたい。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションの『近代日本文學大系』第十三巻 「怪異小説集 全」(昭和二(一九二七)年国民図書刊)の「曾呂利物語」を視認するが、他に非常に状態がよく、画像も大きい早稲田大学図書館「古典総合データベース」の江戸末期の正本の後刷本をも参考にした。今回はここから。なお、所持する一九八九年岩波文庫刊の高田衛編・校注の「江戸怪談集(中)」に抄録するものは、OCRで読み込み、本文の加工データとした。
なお、挿絵があるが、今回分は以上の岩波文庫にあるものを、取り込み、トリミング補正した。]
二 夢 爭 ひ の 事
みやこに、或何某(あるなにがし)とかや、本女房は、なくして、腰元に召し使ひ申す女、二人(ふたり)、ある[やぶちゃん注:ママ。]。一人は出雲の國の者、一人は豐後の國の者なり。
ある時、二人の女、晝寢して居ける。
間(あひだ)、疊(たたみ)半疊(でふ)ほどある。
然(しか)るところに、奧の座敷に、二人の女の聲にて、うめく音(おと)、しける。
[やぶちゃん注:右上端のキャプションは「ゆめあらそひ男物すきゟのぞきみる所」(夢爭ひ、男、物(の)𨻶より、覗き見るところ)である。二人の女の顏が白くとんでしまって、よく見えないので、早稲田大学図書館「古典総合データベース」の当該画像をリンクさせておく。]
不思議に思ひ、男、忍び、驅け寄り見れば、二人の女の丈(たけ)たる髮が、そらざまに、生(お)ひ上(のぼ)り、上(うえ)にては、一つに亂れ合ひては、落ち、または、兩方へ分れなどして、なかなか、すさまじき事、申すも愚かなり。[やぶちゃん注:「本女房」正妻。]
さて、二人の女の枕元を見れば、小(ちひ)さき蛇、一尺二、三寸許りなるが、二すぢ、互(たがひ)に、舌を出だし、ひろめかし、喰(く)ひ合ひては、退(の)き退きする。
此のとき、一人の女、殊の外、齒ぎりをして、呻く。
是を見て、男は肝魂(きもたましひ)を消し、呆(あき)れ果てて居(ゐ)たり。
さて、其の後(のち)、男は、いつもの體(てい)にて、聲をして、彼(か)の女ども、寐(い)ねたる座敷へ行けば、二すぢの蛇は、其の儘、分(わか)れ、女の胸に上がる、と思へば、其の儘、失せぬ。
長き髮は、いつもの如く美しく、解(と)きたて結(ゆ)ひたる儘なり。
そこにて、男、二人ともに起せば、目を醒(さま)しけり。
見れば、二人、ともに、汗を流し居(ゐ)たり。
男、云ふやうは、
「何ぞ、夢ばし、見たるか。」
と問へば、
「いやいや、夢も見ぬ。」
と申す。
一人の女、申しけるは、
「不思議や、『人と、いさかひたる。』と、思ひたるばかり。」
と申す。
さて、男は怖ろしく思ひ、それより、二人ともに、暇(いとま)をやり、重ねては、獨身(ひとりみ)にて、日を暮らし侍る。
「女の妄念(まうねん)は怖ろしき故(ゆゑ)、男に勝(すぐ)れ、罪も深き。」と、古へより申し傳へ侍る。
[やぶちゃん注:この短い話は、恐らく本書の内で、一番、人口に膾炙している話であろうと推定する。
「夢ばし」「ばし」は副助詞で、体言・格助詞「に」「を」「と」・接続助詞「て」について「強調」の意を添える。「~なんどでも」「~なんか」。係助詞「は」に副助詞「し」が付いたものが「ばし」と音変化して一語となったもので、会話文に多く、中世初期からの用法である。「夢なんぞでも」の意。]
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