「曾呂利物語」正規表現版 第五 / 四 信長夢物語の事
[やぶちゃん注:本書の書誌及び電子化注の凡例は初回の冒頭注を見られたい。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションの『近代日本文學大系』第十三巻 「怪異小説集 全」(昭和二(一九二七)年国民図書刊)の「曾呂利物語」を視認するが、他に非常に状態がよく、画像も大きい早稲田大学図書館「古典総合データベース」の江戸末期の正本の後刷本をも参考にした。今回はここから。なお、所持する一九八九年岩波文庫刊の高田衛編・校注の「江戸怪談集(中)」にはこれを含む末尾の四篇は所収しない。]
四 信長(のぶなが)夢物語の事
信長と信玄の取合(とりあ)ひの時、信長の家來に、少身(せうしん)なる何某(なにがし)、度々(たびたび)高名を表はして、祕藏せられしが、ある時、彼(か)の者に申さるゝは、
「其方、子供は無きか。其方、死したりとも、子供を取り立て吳(く)れん。」
と、御申(おんまう)しある。
なにがし、云ひけるは、
「倅(せがれ)、一人、持ちて、不便に存じ候間、賴み奉る。」
と契約して、程なく、戰場にて討死し侍りぬ。
さる程に、信長、方々(はうばう)の取合ひに、事紛(ことまぎ)れ、其の事、失念してゐられしが、年を經て、信長、世(よ)となり、國(くに)、治(をさ)まりければ、彼(か)の何某が子も、成人して、微(かすか)なる體(てい)にて、外樣(とざま)に侍りしが、ある時、母に向ひて云ひけるは、
「斯樣(かやう)に、有るか無きかの體にて、かせ奉公を致しては、たまたま、母の心、やすき事も、ましまさず、孝行に思ひまゐらする詮(せん)も、なし。何方(いづかた)へなりとも罷り越し、立身致し侍らんと存じ候。」
と云ふ。[やぶちゃん注:「かせ奉公」は、恐らく、「悴奉公(かせほうこう)」で、この「悴(かせ)」は接頭語(動詞「悴(か)せる」の連用形は転じたもの)で、人などを表わす語に付いて、「やせた・貧しい・身分の低い」などの意を表わすそれである。]
母の、いはく、
「汝が父の何某、信長へ堅き約束のある間、今年許(ばか)りは、待ちて見給へ。」
とて、色々に申し宥(なだ)めてありしが、其の頃、信長、御夢(おんゆめ)に、彼の何某、申し上ぐるは、
「年月(としつき)を過ぎ、相待(あひま)ち候へども、御約束の如く、我が子に知行(ちぎやう)も下され給はねば、既に他國(たこく)の志(こゝろざし)あり。不便には、思召(おぼしめ)されずや。」
と、いと怨めしげに申しければ、夢さめて後(のち)、
『扠(さて)も。不思議なる事かな。』
と思ひ、家中(かちう)を詮索し給へば、誠に、かすかなる外樣奉公にてぞ、ありける。
やがて、呼び寄せ、宣ひけるは、
「汝が父は、度々の高名(かうみやう)、世に隱れなし。然(しか)るを、近年の亂世(らんせい)故(ゆゑ)、其方が事、はたと、失念したり。ち、先祖の跡(あと)、相違なく申し渡すところなり。此の上、尙、おろそかならず、父に勝(まさ)りて、高名を、せよ。」
とて、色々の、かづけ物して、歸されし。
斯かる事もありけることにや、とぞ。
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