畔田翠山「水族志」 アブラダヒ (スズメダイ(✕)→フエダイ(○))
(二五)
アブラダヒ 一名アブラ魚【紀州田邊】
形狀棘鬣ニ似テ濶厚鱗淡褐色ニシテ淺黒色ヲ帶背紅紫褐色腹白色腹上淡褐色ニ乄淡紅ヲ帶脇翅ノ前後底ニ藍色ヲ帶眼淡黑色ニ乄紅斑アリ瞳藍黑色腹下翅刺白色ヲ帶餘ハ紅黃色脇翅長ク紅黃色背鬣本淡黑斑アリテ端淡紅黃色尾棘鬣ノ如ク岐少シ淺ク本淡黑條縱ニアリテ端紅黃色其少ナル者二三寸腰ニ白星㸃一ツアリ腮ヨリ尾ニ至リ淡紅色ノ條アリテ條ノ邊藍色ヲ帶背灰褐色腹白色
○やぶちゃんの書き下し文
あぶらだひ 一名「あぶら魚」【紀州田邊。】。
形狀、棘鬣(まだひ)に似て、濶(ひろ)く厚し。鱗(うろこ)、淡褐色にして、淺黒色を帶ぶ。背、紅紫褐色。腹、白色。腹の上、淡褐色にして、淡紅を帶ぶ。脇翅(わきびれ)の前後の底に藍色を帶ぶ。眼、淡黑色にして紅斑あり。瞳(ひとみ)、藍黑色。腹の下、翅(ひれ)・刺(とげ)、白色を帶ぶ。餘(よ)は紅黃色。脇翅(わきびれ)、長く、紅黃色。背鬣(せびれ)、本(もと)は淡黑、斑(まだら)ありて、端(はし)、淡紅黃色、尾、棘鬣(まだい)のごとく、岐(き)、少し淺く、本(もと)は淡黑。條(じやう)、縱(たて)にありて、端(はし)、紅黃色。其の少(ちひさ)なる者、二、三寸。腰に白星(しろぼし)の㸃、一つあり。腮(あぎと)より、尾に至り、淡紅色の條ありて、條の邊(あたり)、藍色を帶ぶ。背、灰褐色。腹、白色。
[やぶちゃん注:宇井縫蔵氏は「紀州魚譜」で三箇所に、この方言異名である「アブラウヲ」を出している(分類と学名は現行のものを示す。丸括弧は宇井氏の「方言」の「アブラウヲ」の場所)。まずはここで、
スズキ目スズキ亜目カワビシャ科テングダイ属テングダイ属テングダイ Evistias acutirostris (田辺)
次に、ここで、
スズキ亜目ハタ科キハッソク亜科ルリハタ属ルリハタ Aulacocephalus temmincki(田辺・周参見)
最後はここで、
スズキ亜目チョウチョウウオ科チョウチョウウオ属シラコダイ Chaetodon nippon(田辺)
である。しかし、以上の叙述と一致する種は、私には認められない。されば、これらの種の孰れかではないと私は退ける。
しかし、現行の「アブラウオ」の方言名の魚類を調べたが、やはり形状の一致する種を私は見出せなかった。そもそも畔田の叙述は、今までの各魚の叙述をご覧になって判る通り、一見、どの項でも色や形状を細かく記しているのだが、何となく、皆、似たような感じを与えてしまう点で、甚だ悩ましいものなのである。特に彼の悪い癖は、すぐに、「棘鬣(まだひ)に似て」という表現を連発する点で、これは寧ろ、無視した方が無難である。では、この場合、絞り込み可能な特異点はどこかと言えば、お判りの通り、「腰に白星(しろぼし)の㸃、一つあり。腮(あぎと)より、尾に至り、淡紅色の條ありて、條の邊(あたり)、藍色を帶ぶ」という特徴である。まず、この「腰の白星」で探してみた。すると、目がとまったのは、
スズキ目ベラ亜目スズメダイ科スズメダイ亜科スズメダイ属スズメダイChromis notatus notatus
であった。「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」の同種のページを見られたいが、体長は十センチメートル『前後』で『側扁する(左右に平たい)。くすんだ色合いで黒っぽく見える。鱗が大きい。生きているときや』、『鮮度のいいときには』、『背鰭の後ろの白い小さな斑紋が光って見える』とある。これはまさに「白星」である。しかし、「体色が地味過ぎて、叙述に合わない。」とされる御仁もあろう。だが、例えば、ブログ「美しい海が永遠でありますように」の「スズメダイ Chromis notatus」を見られたいが、本種の生体個体は、かなり色彩的には美しいのである。しかも畔田が盛んに「紅黃色」と指示するのと、本種のこの画像はよく一致するのである。さらに言えば、畔田が、わざわざ、「其の少(ちひさ)なる者、二、三寸」と述べているのは、大型成体が、それほど大きくないことを意味している点で、やはり合うように思うのである。比定に疑義のある方は、是非、相応しい別種を指示されたい。【二〇二四年五月二十六日追記】四日前、Xの「DECO」氏より、以下の投稿を頂戴した。
《引用開始》
突然の無礼申し訳ありません
魚の語源を調べる事を趣味としている者です
イソダヒ・アブラダヒについてですが、釣りではフエダイの事をシブダイとかシロテンとか言いますが、「アブラダイ」という人もいます
アブラダヒはフエダイではないでしょうか
またイソダヒはゴマフエダイだと推察してます
《引用終了》
「イソダヒ」の方は、先ほど、比定後候補を「DECO」氏の指摘に従い、アカマンボウからゴマフエダイへ修正したが、こちらの「アブラダヒ」は元より、以上の迂遠な私の自信のない注で暴露されているように、スズメダイ比定にはもともと自信がなかった。而して、「ぼうずコンニャクの市場魚類図鑑」のフエダイを見るに、畔田の解説は九割方(何より腰の「白星」だ!)、一致すると言ってよいことが判った。私の見当違いの注は、戒めとして残しておく。なお、孤独な私の記事に指摘を下さった「DECO」氏に心から御礼申し上げるものである。]