早川孝太郞「三州橫山話」 種々なこと 「空を通つて行つたもの」・「ヒトダマ」・「魔が通る」・「風に乘つた魔」
[やぶちゃん注:本電子化注の底本は国立国会図書館デジタルコレクションの「国立国会図書館内/図書館・個人送信限定」で単行本原本である。但し、本文の加工データとして愛知県新城市出沢のサイト「笠網漁の鮎滝」内にある「早川孝太郎研究会」のデータを使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。今回はここから。
標題は「いろいろなこと」と訓じておく。なお、これが本文の最終パートとなる。]
種 々 な こ と
○空を通つて行つたもの 明治十八年頃のある秋の日、私の父が字相知《あひち》の入《いり》と云ふ處の田で仕事をしてゐると、何處とも知れず劇しい唸り聲がして、東の空から西の方へ向けて、中空を赤く燃え盛つた火の塊が、物凄い響きを立てて通り過ぎたと謂ひました。暮れ近い時刻であつたさうですが、あれが火のタマと云ふものだらうと云ひました。
又某と云ふ女が夜門口へ出ると、飯茶碗程の大きさの火の魂《たま》が、山の頂とすれすれに、北から南の方へ飛んで行つたさうですが、其が通る間は、山の草の色が、靑く明瞭と見られたと云ひました。
[やぶちゃん注:これは孰れも火球(隕石)と思われる。
「明治十八年」一八八五年。
「相知の入」現在の横川相知ノ入(よこがわあいちのいり:グーグル・マップ・データ)。]
○ヒトダマ 人魂は、人が死ぬ三日の間に、其家の棟から出ると謂ひますが、火の玉のように、勢《いきおひ》はなく、靑い火が、ふらふらと燃えて中空を行くと謂ひます。
ある男が見た人魂は、何處からともなく靑い火の魂が飛んで來て、其男の頭上を、三囘程囘つたと謂ひました。
又、鳳來寺村の字椎平《しひだひら》の某と云ふ男が、夜、人魂らしい、靑い火の落下した場所を見定めて置いて、翌朝早く其處へ行つて見ると、一握り程の泡のやうなものがあつたと謂ひます。
[やぶちゃん注:これは、動きや痕跡からみて、何らかの発光生物、或いは、発光物質が附着した生物のようには見受けられる。
「鳳來寺村の字椎平」こちらの「蕨が結びつけた緣」の私の「椎平《しひだいら》と云ふ所の板橋」の注を参照されたい。]
○魔が通る 私が子供の頃、それは秋の頃と思ひますが、其日の午後、西の方の空へ向けて魔が通つたと言つて噂してゐました。何物とも知れぬ者が、空を空車《からぐるま》を挽《ひ》いて走つて行くやうな音をさせて過ぎたと謂ひました。其日は、薄曇りした靜かな日でした。
[やぶちゃん注:これは恐らく、上空に逆転層(ご存知ない方は当該ウィキを見られたい、そこにも書かれている通り、『逆転層により、遠くの音が大きく聞こえることが多く』ある旨の記載がある。車のヘッド・ライトが反射すると、UFOが出現したかのように見えることもある。因みに、私は十代の頃、『未確認飛行物体研究調査会』を作り(会員は私を含めて三人しかいなかったが、中学時代の友人らも、よく協力してくれ、UFOの現認情報を伝えて呉れた)、三島由紀夫も会員だった『日本空飛ぶ円盤研究会』の会長であられた荒井欣一氏と書簡を交わしたこともあったUFOフリークである)が発生し、そこにかなり離れた場所の地上の空車を曳く音が、反射して聞えたものと推定される。]
○風に乘つた魔 早川文六と云ふ男が、暴風雨の折、緣側に立つて見てゐると、空を大きな材木のやうなものが飛んで來て、家の上を通つたと思ふと、屋根の瓦が、ガラガラと崩れ落ちたさうです。家内の女と二人、はつきり見たと云ひました。
暴風の折は、風に乘つて魔が通ると云ひます。其がぶつかると、立木が折れたり、家が倒されたりするのだと謂ひます。
[やぶちゃん注:一見、ジョージ・アダムスキイの葉巻型母船を想起させるが(私は邦訳された彼の著作を総て読んでいるが、現在は、彼は妄想家であったと考えている)、これは、物理的には、竜巻が発生し、実際の倒木や木材を巻き上げて落としたものと考える方が現実的である。]
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