佐々木喜善「聽耳草紙」 四〇番 鳩提灯
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。標題は「はとぢやうちん」と読んでおく。]
四〇番 鳩提灯
或所に、熊吉と云ふ貧乏な、ひとりものがあつた。働くことが嫌い[やぶちゃん注:ママ。]で、日々(ヒニチ)每日寢てばかり居た。そして何か世の中によい事はないかと考へて居た。第一番に思つた事は、近所の長者どんの一人娘の聟になりたいと謂ふことであつた。ナゾにしたら長者どんの聟になるによいかといろいろ工風《くふう》をしたそのあげく、町へ行つて赤い小提灯を一つ買ひ、また鎭守の森の八幡樣のお宮に行つて小鳩を一羽捕つて來た。そうして[やぶちゃん注:ママ。]或夜それを持つて長者どんの垣内(カクチ)の氏神樣の大杉の上に登つて居た。
長者どんの檀那樣は夜中に裏庭へ起きて出る癖があつた。其の夜も起きると、氏神樣の大杉の上からこれやこれやと言ふ聲がした。檀那樣は不思議に思つて、誰(ダン)だと言ふと熊吉は作聲(ツクリゴエ[やぶちゃん注:ママ。])をして、俺こそはお前の家の氏神だが、お前のとこの一人娘によい聟を授けべと思つて今夜わざわざこの木の上に降(クダ)つた。お前のとこの聟には隣の熊吉こそよいぞと言つた。そして鳩の脚に小提灯を結び付けてばたばたと飛ばした。鳩は八幡樣の森の自分の巢へ飛んで行つた。
長者どんでは氏神樣のお告げだからと言つて、その翌日近所の世話好き婆樣を賴んで熊吉の所にやつた。婆樣が隣の長者どんではお前を聟に欲しいといふが、聟になる氣はないかと訊くと、熊吉は俺のやうなもんでもよかつたら承知したと言つた。そしてこんな男が長者どんの聟になつて出世した。だから男と謂ふものは働くばかりが能でない。働きの男よりも量見(クバリ)の男だといふことである。
(四番同斷の四。)
[やぶちゃん注:「量見(クバリ)」ここは以上から調子のいい悪知恵を含んだところの「気配りがよく利(き)く者」の意。
「四番同斷」「四番 蕪燒笹四郞」の附記は、『(同前の三)』であるから、「二番 觀音の申子」の附記『(遠野町、小笠原金藏と云ふ人の話として松田龜太郞氏の御報告の一。大正九年の冬の採集の分。)』を指す。]