譚海 卷之五 上古卜部亀卜の事
[やぶちゃん注:読点・記号を追加した。標題は「上古(じやうこ)卜部(うらべ)亀卜(きぼく)の事」と読む。]
○本朝にて、上古、卜部の龜卜を用られしには、對馬の人、その事に召かゝヘられたる事、今の「義解」にも、みえたり。今なほ、對馬には、古の龜トの法を傳へたる家、二軒有(あり)、社人にて、世々、子孫、是をつたへ、神祕として、ほかにもらさず、甚(はなはだ)龜卜の事、功驗(こうげん)ありて、比類なき事なり。龜をやく「うらかた」も、上古のまゝに殘りたり、とぞ。對州(つしう)の儒者兩伯陽といふもの、はじめは信ぜざりしが、功驗を見て感服せし、とぞ。また、豐前宇佐八幡宮の社家にも、龜卜の法を傳へたるあり、享保年中、江戶へ召せられ、上覽ありし事也。當時、吉田家につたへたるは、龜卜の甲の形に、紙をきりて置(おき)、かたはらにて、香を焚(たき)、其煙(けむり)の、紙に燋(せう)ずるをもつて、吉凶をさだむる事也。其かたばかりを行(おこなひ)て、甚しき驗は、なし、對馬に殘りたるは、誠に上古の傳にして、吉凶を、たがへず、めづらしきことなりとぞ。
[やぶちゃん注:底本の竹内利美氏の注に、『対馬には』中国伝来の古式の正統な『それがたまたま伝承されていた』とある。「長崎新聞」公式サイト内の「亀卜神事で吉凶占う」と冒頭題とした二〇一九年二月八日附の記事に、『長崎県対馬市厳原町豆酘(つつ)の雷神(いかづち)社で』七『日、焼いた亀の甲羅の色やひび割れで一年の吉凶を占う亀卜(きぼく)神事「サンゾーロー祭」があった。今年の豆酘地区は「吉」、対馬全体については「水産業 良」「経済 上々」「農業 平年作」「天候 並」という結果が示された』。『亀卜神事の占いは、古くから地元の岩佐家が世襲している。江戸時代の対馬藩では、政治動向や天変地異などを占う重要な行事と位置付けられ、毎年旧正月』三『日に古式にのっとって執り行われている』。『占いを担う「卜者(ぼくしゃ)」は』、第六十九『代目の岩佐教治さん』(六十七歳)『だが、病気療養中のため』、二〇一〇『年から』甥『の会社員』で福岡市在住の『土脇博隆さん』(三十八歳)『が務めている』。『神事には地元住民ら約』三十『人が参列。神殿に酒や米、塩などを供えた。土脇さんは「トホカミエミタメ」と』、三『度唱えた後、火鉢であぶった桜の木を六角形をしたアカウミガメの甲羅の一片に押し当てた。占いの結果は、土脇さんが筆で半紙にしたためた』。『神事の後、住民はたき火を囲み、「おー、サンゾーロー」と祝言を唱えた』。『土脇さんは「昨年と比べ、全体的に良い占いができた。対馬の大事な神事として、地元の方と一緒に継続していきたい」と話した』とあった。今も正しく受け継がれているのである。
「紙に燋ずるをもつて」煙で生じた焦げ或いは変色した痕(あと)を以って。]