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2023/05/25

佐々木喜善「聽耳草紙」 八七番 兎と熊

 

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。]

 

      八七番 兎 と 熊

 

 昔はあつたとさ。或所に熊と兎がありましたとさ。此所いらだと大森山のやうな所へ、二人で薪取りに行くことになりましたとさ。そこで二人はケラを着て二十を腰にさし、先づ山へ行つたと。熊は鈍八(ドンパチ)で、兎は賢(サカ)しいから、未だ山へ行き着かないうちから、ナギダ、ナギダと言つてゐたとさ(小屋を建てて遊ぶことになつて茅(カヤ)を背負ひに行くと多くは語つている。又紺屋《こうや》を始めると言つて染物屋遊びの心算《つもり》で茅を脊負に行くとも云うふ)。

[やぶちゃん注:「大森山」最後の附記は雫石地方とあるが、雫石町の南南東の現在の岩手県紫波郡紫波町土舘天間沢の大森山か(グーグル・マップ・データ航空写真)。

「ナギダ」「難儀だ」か。]

 山へ行つてガチリツガチリツと木を切り始めたとさ。熊は强いから澤山取つたが、兎は僅か取つただけだつたとさ。取つた薪も熊は澤山(ウント)脊負ひ、兎は極少(ベアコ)脊負つて、家さ歸ることになつたと。所が兎は賢(サカ)しいから後に立つて、あゝナギダ、あ句ナギダと言つて步かなかつたと。兎どな兎どな、なんたら弱いものでござるな。俺さカツツイで步いてとらなデヤと言つたが、兎がどうしてもカツツイで步けないので、熊はどれどれそら程ナギダら、俺さ半分よこしてトラナヂヤと言つて、兎の背負つた薪の半分を取つて、步き出したとさ。又少し來ると、兎はあゝナギダ、あゝナギダと言つて步かなくなつたとさ。兎どな兎どなナントしたこつてざるナ、其れ程ナギダら俺サ皆よこしてございと言つて今度は皆背負つて出掛《でかね》た。

 それでも又少し行くと、兎はあゝナギダ、あゝナギダと言つて步かなくなつた。そら程ナギダら俺サ負(オ)ぶさつてございと言つて熊は兎まで背負つて步いて行つた。

 兎が熊の背中で、カチリ、カチリと火打石で火を切ると、熊は、兎どな兎どな背中の方で音がするが何でござるナと問ふと、兎は熊殿あれはカチリ山のカチ鳥の聲サと、何でもないふりして答へた。

 次に兎が火をボウボウと吹くと、熊は、兎どな兎どなあのボウボウといふ音はなんでござるナと訊いた。すると、兎はあれはボウボウ山のボウボウ鳥コさと答へて置いて、熊の背中から跳ね降りて、逃げてしまつた。

 熊は背中に火がついてだんだん熱くなつて來たので、始めて兎に計《はか》られた事に氣がついた。

 そして大火傷をしてウンウン呻りながら山を越して往くと、兎が藤蔓を切つてゐた。熊が兎どな兎どな、先程はよくも俺を騙して火傷(ヤケ)にしたなと云ふと、兎は全く知らないと云ふ顏付きで、前山の兎は前山の兎、藤山の兎は藤山の兎、俺が何知るベサと言つた。熊は如何にも成程と思ひ、時に兎どの藤を切つて何する心算《ツモリ》かナと問ふと、今日はお天氣もよし、一つ日向(ヒナタ)で遊ぶ考へで蔓を取つてゐるのさと答へた。すると熊はそれは面白さうだ、俺も加(カ)せてとらなでアと言つて二人で遊ぶ事にした。

 其所で二人で藤の蔓を取つて、何して遊ぶべと熊が問ふと、兎は山の頂上から手足をひんまるツて傾斜面(ヒラ)を橫にタンコロビするととても面白いと言つた。熊は成程と合點して、早速熊から始める事になつた。

 二人は山の頂上へ行き、まず[やぶちゃん注:ママ。]兎が熊の手足を結付《むすびつ》け、そらとても面白いから轉んで見とらなでアと言つた。熊は成程と思じょ轉び出すと、彼方《あちら》の樹の根へ突當《つきあた》り、此方《こちら》の藪の中に落ち込み、面白いどころか死ぬ思ひをして谷底へ轉げ落ちた。手足を結びつけられてゐるので容易に起き上ることも出來ず、漸《やうや》くの思ひで起き出して見ると、兎は逃げて何所にも居なかつた。

 熊がウンウン呻りながら山を越して行くと、兎が日向で、タデミソを作つておつた。兎どな兎どな、先程は其方(ソツチ)にだまされて死ぬ思ひをした。これこんなに體に傷がついてゐる。何うして吳れるなと言ふと、兎は何も知らないといふ顏をして、藤山の兎は藤山の兎、タデ山の兎はタデ山の兎で、俺が何知るベサと答えた。熊は成程と合點して、それも其筈《そのはず》と思ひ、時にタデ山の兎殿、其方(ソツチ)の今拵へて居るものはそれは何でござるナと訊いた。タデ山の兎は、是はタデ味噌といつて、燒傷(ヤケド)や打傷《うちきず》や皮の破れたところさ塗ると、すぐ治る妙藥でナ、今是を拵へて街へ賣りに出掛ける所でござると言ふと、熊は欲しくてたまらなくなつて、兎殿兎殿俺も此通り燒傷や突傷《つききず》で惱んでゐるが、少し讓つてたもれでアと無心に及んだ。兎はそれでは少し分けてやるべいと言つて、熊の背中の方へ𢌞りタデ味噌を其の傷へ塗りつけてやつた。

 すると鹽氣がだんだん傷へ沁み込んで痛くて耐《たま》らなくなつて來たが、兎はもう逃げて居なかつた。熊は口惜《くちをし》ながらも泣き泣き川べりさ下《お》りて體を洗ひ、タデ味噌を流した。漸く洗ひ流してウンウン呻りながら山を越えて行くと、又兎が一人で樹を伐つたり板を挽《ひ》いたりして忙しく働いてゐた。熊は漸く其所へ辿り着き、兎どな兎どな先程はひどい目に合つた、お蔭で身體《からだ》がこんなに腫れ上つた。どうしてくれると言ふと、タデ山の兎はタデ山の兎、杉山の兎は杉山の兎、俺が何知るベアサと言つた。

 熊も、杉山の此兎と、タデ山の先程の兎とは別なのかも知れない、この兎のいふのも道理だと考へ、時に兎どな杉板を挽いて何に使ふ氣かナと訊いた。杉山の兎は此の板で船を矧《は》ぐのさ、そして川の中さ乘り出してウンと魚を捕(トル)ベアと答へた。すると熊は成程其は面白さうだ、兎どの兎どの、此俺も加《か》せてたもれでアと言つて二人で船を矧いだ。

 二人は相談して兎は白いから白い杉板で船を矧ぎ、熊は黑いから黑い土船を造ることにした。

 熊のは黑い土船で、兎のは白い板船で、漸く二肢を拵へ上げ、各各(テンデ)に川の中へ乘り出した。熊の黑船は土で拵へた船であつたから、ともすると缺けて崩れる。其所ヘ兎は自分の白い板船をワザと突當《つきあ》てるので、段々熊の船は沈みかけて來た。熊は段々に困感して、兎どな兎どな助けてたもれでアと叫んでゐた。兎はよしよし助けに行くよと言つて居る間に、土船は段々に崩れて、熊はザンブリ水の中へ墜ちた。兎は助けるフリをして竿を突出《つきだ》し、それ熊殿上《くまとのうへ》とらなでア、それ熊殿上とらなでアと言つて、竿で深い淵へ突んのめしてやつて遂々《たうとう》殺してしまつた。

 それから兎は、其所へ熊を引づり上げて近所の家へ行つて、鍋を借りて來て熊汁を煮て食べることにした。[やぶちゃん注:底本は句点なく繋がっている。「ちくま文庫」版で句点を挿入した。]其所の家では大人は働きに畠さ行き、子供ばかりが宿居《やどゐ》をして居た。

 兎は子供等と共に其家で熊汁を食べ、骨と頭ばかり殘して置き、この童共(ワラサド)このワラサド、トドだのアツパだの來たらナ、この鍵(カギ)をガン叩いてぐるりと𢌞(マワ)り、この頭の骨をガリツ嚙(カヂ)れと言へ。俺は後《うしろ》の林で寢てゐるから默つてゐるんだぞと言つて出て行つた。すると親達が間もなく畠から戾つて來たので、子供等は兎の言い置いた通りを親達へ告げた。親達は、鍵をガンと叩いてグルリと𢌞り熊の頭の骨をガリツとかじり、ガンと叩いてグルリと𢌞つてガリツとかじりするうちに齒が皆な缺けたので、ひどく怒つて、あの兎の畜生に騙されて齒無しになつた、このワラサド兎は何所に居ると問ひ詰めた。兎はだまつて居ろといつたが、後の林で寢ていると告げると、其所にある釜マツカを持つて走り出し、子供の敎へた所へ行つて見ると、兎が寢てゐるので、マツカで突《き》のめし、このクサレ兎のお蔭で齒を一本もなく缺いてしまつた。憎い畜生だ。殺してしまふから枕元から刀を持つて來いと子供達に叫んだ。子供等は枕を持つて來いと聞き違へて、急いで枕を持つて行くと、此馬鹿ワラシ、枕ではない枕元の刀と言つたけアな、分らないならサイバンの上から庖丁を持つて來いと言つた。すると今度は子供はサイバンと聞いたからサイバンを持つて走つて行つた。なんて馬鹿なワラシだべ、そんだら此のマツカで兎を逃さないやうに押さへて居れと言ひつけて、自分で出刄庖丁を取りに走つて行つた。

[やぶちゃん注:「釜マツカ」不詳。大釜を焚くための太い薪か。

「サイバン」「菜板」で俎板のことか。]

 兎は其間に、一策を案じ、ワラサドワラサド、汝(ウナ)アツパのキンタマどのくらいあると尋ねた。子供は此位だと言つて片手で示すと、兎はそれでは分らない兩手でやつて見ろといふので子供は兩手を出し、この位大きいと云ふと、その兩手のゆるんだ隙をねらつて逃げ出した。そこへ恰度親が歸つて來たので、持つてゐた庖丁を兎目がけて投げ付けた。すると恰度兎の尾に當つて尾が切れたのでその時から、兎に尾が無くなつたといふ話。ドツトハラヒ。

 (岩手郡雫石地方の話。田中喜多美氏の御報告の分の
  一六。)

[やぶちゃん注:「かちやま山」の東北に伝わる熊ヴァージョンで、兎の尾が短く切られたようになっている由来譚あるが、熊の側に悪因が示されず。いかにも後味の悪い話で私は甚だ嫌いだ。私の民話の兎の印象は総じてよくない。英語でも「兎のように」は「性的な」の好色であることの別称である。]

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