大手拓次訳 「河をよぎりて」 (リヒャルト・デーメル)
[やぶちゃん注:本電子化注は、初回の冒頭に示した通りで、岩波文庫の原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年刊)からチョイスし、概ね漢字を正字化して、正規表現に近づけて電子化注したものである。
以下は、底本の最終パートである『訳詩』に載るもので、原氏の「解説」によれば、明治四三(一九一〇)年から昭和二(一九二七)年に至る約百『篇近い訳詩から選んだ』とあり、これは拓次数えで二十三歳から四十歳の折りの訳になる詩篇である。
ここでは、今までとは異なり、一部で、チョイスの条件が、かなり、複雑にして微妙な条件を持ち、具体には、既に電子化注した死後の刊行の『大手拓次譯詩集「異國の香」』に載っていても、別原稿を元にしたと考えられる別稿であるもの、同一原稿の可能性が高いものの表記方法の一部に有意な異同があるものに就いては、参考再掲として示す予定であるからである。それについての詳細は、初回の私の冒頭注の太字部分を見られたい。]
河をよぎりて リヒャルト・デーメル
夜(よる)は暗く、重く、ゆるやかであつた、
そして重重しくボートは闇を走つた。
他の人人はあたりに笑つた。
恰も、春が樹の皮に呼吸してるのを感ずるやうに。
うす黃の、沈默の廣い川は橫はる、
揚げ場からくるちらちらする光り、
裸の柳には少しの震へもない。
けれど私はお前の顏を見上げて。
そしてお前の息が願つてるのを感ずる、
私の眼をのぞいて呼ぶいぢらしい眼とともに
私は見た――私の前にも一人(ひとり)立つてゐて、
咽びながら口ごもるのを。私はお前のものだ。
折檻された光線をもつて光りは近く輝き
ぎすぎすした柳の影は
灰色の水のなかに、黑く、よろめきながら沈む、
そしてボートは、ぱりぱりと音して岸に咬みつく。
[やぶちゃん注:リヒャルト・フェードル・レオポルト・デーメル(Richard Fedor Leopold Dehmel 一八六三年~一九二〇年)はドイツの詩人。詳しくは、『大手拓次譯詩集「異國の香」 お前はまだ知つてゐるか(リヒャルト・デーメル)』の私の詩篇注冒頭を参照されたい。同詩集には、もう一篇、『大手拓次譯詩集「異國の香」 沈默の町(リヒャルト・デーメル)』も収載されている。なお、前者の「お前はまだ知つてゐるか」は、ルビ・句読点の異同があることから、次に底本の同詩篇を再掲する。]
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