只野真葛 むかしばなし (64) /「むかしばなし 四」~了
一、「さはばゞ」は、桑原をば樣の乳母なり。夫【谷田太郞左衞門なり。】[やぶちゃん注:底本に『原頭註』とある。]、道樂ものにて、田地も質入(しちいれ)にして、たつきなき故、をば樣の里、谷田何とか申(まふし)たりし人、公儀使(こうぎつかひ)にて定詰(ぢやうずめ)中(うち)に上(のぼ)りしが、身をからくして、金をため、引込(きつこみ)し時は、もとの如く、とり戾してありし、と常に語(かたり)し。
又々、夫、遣ひ果して、仕(し)まへ[やぶちゃん注:ママ。]、息子も、父に似たる者にて、又々、さわ、流浪せしを、おば樣こそ、めし遣はるべきに、桑原には「〆」にて、ばゞ、たくさん故、母樣、りちぎを、とりえに、一生、かいごろしに、召仕(めしつか)はれし。
今少し、はやく、落命せば、心やすからんを、火事に逢(あひ)て、數年(すねん)、心掛(こころがけ)し死裝束(しにしやうぞく)を燒(やき)て、大力(だいりき)、おとし、め病《やみ》に成(なり)て、人の世話に成(なる)を氣の毒に思(おもひ)しあまり、みづから、首をくゝりて、死(しに)たりし。
律義者ほど、不便(ふびん)なるものは、なし。
妹は、「つな」とて、姊と違ひ、能(よく)、物縫(ものぬひ)し故、築地の時分、月壱步(いちぶ)の、やとい針師に來たりしが、姊の氣質もしりたる上、此かたのあつかいも、丁寧なるをも、しりて有(あり)しかば、事なく、引取(ひきとり)し。
目醫師(めいし)の所へ駕(かご)にて被ㇾ遣しを、
「もつたいなし。」
とて、死たりし。
なまなかなる事して、大きに御心(おこころ)づかひ、掛(かけ)しなり。
「くさればゞ」の手引(てびき)に成(なる)中元(ちゆうげん)がなき故、是非なく、駕へのせられしなり。
[やぶちゃん注:「中元」下人の「中間」(ちゅうげん)のこと。]