譚海 卷之五 朝士某家藏朝鮮人さし物の事
[やぶちゃん注:読点・記号を追加した。]
○又、朝士何がしの藏に、朝鮮人の「さし物」を傳へたり。その先祖、「朝鮮征伐」の時、彼(かの)國より、うばひきたる也、とぞ。享保年中、上覽にも入(いり)しもの也。五尺四方ほどの木綿(もめん)に、血を付(つけ)て、幟(のぼり)とせしもの也。殊の外、黑み、けがれて、幟の垂(たれ)、見えわかぬほどなれば、狩野梅春に仰付(おほせつけ)られ、別に、うつさせ、それをそへて返し、賜りたるを、ひとつに、納め置(おき)て、あり。其(その)別幅(べつふく)の寫したるを見しに、人をさかしまに釣(つり)て、左右より、鎗にて、突殺(つきころ)す所の畫(ゑ)なり、甚(はなはだ)氣味わるき繪やうなるよし。もとの幟の黑みたるは、泥中へ投(なげ)たるやうにも見得(みえ)、又、血などに、まみれたるやうにも見ゆると、いへり。朝鮮の勇士を討取(うちとつ)たるとき、其さし物をうはひて[やぶちゃん注:ママ。]歸朝せし事也と、いへり。