大手拓次 「黃金の梯子をのぼる蛇」
[やぶちゃん注:本電子化注は、初回の冒頭に示した通りで、岩波文庫の原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年刊)からチョイスし、概ね漢字を正字化して、正規表現に近づけて電子化注したものである。
以下は、底本の編年体パートの『『藍色の蟇』以後(昭和期)』に載るもので、底本の原氏の「解説」によれば、大正一五・昭和元(一九二六)年から昭和八(一九三三)年までの、数えで『拓次三九歳から死の前年、すなわち四六歳までの作品、四九四篇中の五六篇』を選ばれたものとある。そこから原則(最後に例外有り)、詩集「藍色の蟇」に含まれていないものを選んだ。この時期については、本パートの初回の私の冒頭注を参照されたい。]
黃金の梯子をのぼる蛇
風のうへに のしかかつて
たちはだかる幻想のなかに
こゑをからして つながりゆく
うすむらさきの
りんだう色の蛇、
風をきつて にほひの笛をひびかせる
ぶどういろの蛇、
心の舌をもとめて
かさなり のぼりゆく
なまめいた うめきの姿態(しな)、
空に また 水のなかに ゆれてゐる
つめたい黃金のはしごをみつめる媚(こび)のしぶき、
やはらかく くづれて襞(ひだ)にくるまるとき、
ふしぎのこゑが よろめいてかよつてくる、
こゑが しとしとと匍(は)つてくる、
花粉のやうなさみしいこゑが
みづみづとたはむれをよそほつて
もつれてくる、
星の火のやうにけむるさけびが
よれよれに たかまつてくる。
うすむらさきの蛇よ、
いとしい ぶどういろの蛇よ、
あきらかにきらめいてゐる
あの黃金のはしごによぢのぼれ、
くもりのなかに ゆれてゐるはしごにのぼれ。
[やぶちゃん注:「みづみづと」前段で、「ぶどういろの蛇」は「空に また 水」(☜)「のなかに ゆれてゐる」「つめたい黃金のはしごをみつめる媚(こび)のしぶき」(☜)なのであり、また、「ふしぎのこゑ」は「しとしとと」(☜)「匍つてくる」のであって、幻想のロケーションは水界であり、湿気(しっき)に包まれてあるから、「みづみづと」は「水水と」「瑞瑞と」であることは確かである。「と」があるから、これは副詞のそれであり、とすると、個人的には「水水と」では如何にも底が浅い感じがするので、「瑞瑞と」を採りたくなる。而して、それは、きゅっと、しっとりとした「新鮮で艶(つや)がある・生き生きしている・若々しくある」様子・状態が持続している属性を表わし、それは続く「たはむれをよそほつて」「もつれてくる、」という表現と完全に融和する。]