佐々木喜善「聽耳草紙」 八八番 貉の話(二話)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。「貉」は「狢」とも書き、「むじな」で、既に「三三番 カンジキツクリ」の本文の最初の注で附してあるのでそちらを見られたい。ここでは第一話については、その中間のシーンから狸であると考えてよいと思われる。]
八八番 貉 の 話
貉の頓智(其の一)
或時、貉が畠へ來て惡戲《いたずら》をして氣無し[やぶちゃん注:無防備。]で居るところを百姓が捕へた。百姓は相憎《あひにく》と繩を持つて居なかつたので、家に居る子供を呼んで、やいやい貉を捕(ツカ)まへたから早く繩を持つて來うと叫んだ。童《わらし》はあわてゝ、父それそれ早くと言つて、其所にあつた竹切を持つて走せて行つた。父はそれを見てインヤ其れア竹切ぢや無いかと言ふと、それぢや父此れかツと言つて今度は小柴を持つて行つた。否々《いやいや》それでアねえ繩だ繩だと叫ぶと、それだらこれかと言つて、笊《ざる》を持つて行つた。そこで父は呆れ果てて、もどかしがつて分んねえ、そんだらお前がこの貉をおさえて居ろと言つて、貉を子供におさへさせて置いて、自分で繩を取りに家の方へ走つて行つた。
[やぶちゃん注:「竹切」以下の並列する対象物を見るに、竹を切るための小型の鋸(のこ)のような「たけぎり」ではなく、「たけぎれ」「たけきれ」で「竹の切れ端」である。]
其間《そのあひだ》、子供は貉をじつと押へつけて居たが、貉が仰向《あふむけ》になつて大きな睾丸《きんたま》を丸出しにして、おかしな格好をした。だから子供が笑ふと、貉は兄々《アンニヤアンニヤ》何が可笑しいと訊いた。童は何が可笑しいつてお前の睾丸が見えないかと言ふと、ほだらお前の父の睾丸はどれ程くらゐの大きさだ、貉の半分もなかんべと言つた。子供は父親の睾丸を輕蔑されたのでムキになつて、なんだとお前の物などよりアずつと大きいやと言ふと、ほだらどれくらいだえと又訊いた。童は片手を放して指で小さな輪をこしらへて、これ位あると言つた。貉は鼻を顰《しか》めて笑つて、なんだとつたそれツくれえか、それじゃ貉のケエツペよりもトペアコ(小さい)だらと言ふと、童は、なんだとこんなに大きいんだと言つて、貉から兩手を放して空中に大きな輪を作つて見せた。その間に貉は山へ逃げて行つた。
(私の稚《をさな》い記憶の一つ。奧州の兒童は誰
でもこの樣な素朴な話を聽いて育つのである。)
貉の惡戯(其の二)
二升石と云ふ所に兄弟の子供等があつた。學校からサガルと牛にやる草刈りをした。或日この二人がいつもの通りに、鎌をもつて刈場の方へ行くと、いつも通る細道の眞中に大きなフルダ(蝦蟇《がま》)が死んで腐瀾(クサ)さつて[やぶちゃん注:漢字はママ。「腐爛」の誤記か誤植。「ちくま版」は『くさって』と全ひらがな。]、屍《しかばね》一杯にウヨウヨと蛆蟲《うじむし》が湧きムレて、臭くて臭くて、アゲたくなり[やぶちゃん注:嘔吐したくなり。]、手で鼻を掩ふて其所を急いで駈け拔けて通つて行つた。
此道は二人が朝いつも通る路であるが、今まであんな物を見たことがなかつた。何所からあんなヤンタモノ[やぶちゃん注:厭な物(者)。]が出やがつたべえと語りながら、草を刈つて、シヨツて歸りしなに、また臭いかと怖(オツカ)な怖なで其所を通つて見ると、先刻《さつき》まであんなに蛆蟲がウヨウヨして臭かつたものが影も形もなかつた。
ハテ不思議だと話し合つて、家へ歸つて父に話したら、それア貉にバカされたんだと言つた。
(岩泉地方の話。野崎君子さんの御報告分の六。)
[やぶちゃん注:「二升石」「岩泉地方」岩手県下閉伊郡岩泉町(いわいずみちょう)二升石(にしょういし:グーグル・マップ・データ航空写真)]
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