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2023/05/19

佐々木喜善「聽耳草紙」 七九番 獺と狐(全三話)

 

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。]

 

   八〇番 獺と狐 (其の一)

 

 或時、獺と狐とが路で行會《ゆきあ》つた。狐が先に聲をかけて、ざいざい獺モラヒどの、よい所で行會つた。實はこれからお前の所さ話しに行くところだつたと言つた。正直な獺は、さうか何か用でもあつたかと云ふと、狐は、何別段の用事でも無いが、これから冬の夜長にもなることだから、互に呼ばれ合ひツこをすべえと思つてさと云ふ。獺も同意した。そこで狐が、それでは獺どのが先だぜと云つた。初めの晚は獺の番前であつたので、獺は寒中川の中に入つていろいろな雜魚《ざこ》を捕つて、狐のために多くの御馳走をこしらへた。狐は招(ヨ)ばれて來て御馳走を鱈腹(タラフク)詰め込んで喜んで歸つた。

[やぶちゃん注:「ざいざい」「あらあら」の意か。]

 次の晚は狐の番であつた。獺は彼奴《きやつ》のはきつと山の物で、兎汁でも食はせるかなアと思つて行くと、狐の家ではさつぱり何の氣振《けぶ》りもない。獺は怪(オカ)しく思つて、ざいざい狐モラヒ、俺はハア來たぜと云つて入つて行つた。すると狐は一向返事もしないで、一生懸命に上の方ばかり見て默つて居る。獺が何《なじよ》したと訊くと、狐はやつと口をきいて、獺モライ獺モライ、申譯《まをしわけ》がないが實ア俺アところさ今夜、空守役(ソラマモリヤク)を告《つ》がつて、それで俺ア斯《か》うして、上の方ばかり見て居ねばならないから、今夜のところは許して還つてケモサイと云つた。獺はさう云はれて、狐のところに今迄聞いたこともない、妙な役割が告がつたものだと思つて家へ還つた。

 其次の晚、また獺は狐の家へ出かけた。ざいざい狐モライ、今夜も來たゼと云ふと、狐はやはり昨夜のやうに默つて今度は下の方ばかり見詰めて居た。獺が何したと訊くと、狐は顏も上げないで、獺モライ、今夜も運惡く地守役(ヂマブリ)が告(ツ)がつてナ、俺は斯うして居る。ザザ本當に申譯が無いども、今夜も歸つてケモサイと云つた。そこでいくら正直の獺もこれはしたりと氣がついたが、其儘何知らぬ振りして家に歸つた[やぶちゃん注:底本は「云つた」であるが、「ちくま文庫」版を参考にして訂した。]。

 ところが其次の晚、狐がひよつくり獺の所へやつて來た。獺モライどの居たか、實は今夜ソチを招(ヨ)びたいと思つたけれども、仕度がして無いのだ。これから魚捕りにでも行くべえと思ふが、あれは如何《どう》すれば捕れるものか、俺に敎《をしへ》てケ申せやと云ふ。獺は脇面(ソツポ)向いて、フン其れ位のことオ狐モライがまだ知らなかつたのか、そんなことア何も譯が無いさ。スパレル晚、長者どんの川戶(カド)[やぶちゃん注:川岸。]さ行つて、ヲツペ(尾)を川の水に浸して居れば、チヨロチヨロと魚が一匹づつ來て、ヲツペさ縋《から》み著く、さう云ふ魚をうんとヲツペさ縋み著かせておいて、いゝ加減の時を見計《みはから》つて、ソロツとヲツペを引上げて家さ持つて來るんだと云ふと、狐はフヽン其れだけなら知つて居たやいと言つて、錄《ろく》すツぽう聞く風もせず、プツと置屁《おきへ》して、笑つてどんどん走《は》せて行つた。

 けれども心の中では、獺の奴ア馬鹿者だなア、何でもかんでも祕傳ツコをぶちまけるウ、さう思つて可笑しくて、小鼻解《こばなと》きを顰《しか》めて笑ひながら長者どんの川戶へ行つて尾を水に浸して居《を》つた。するとザイ(薄氷)がカラカラ、カラツと流れて來ては、ぴたツと尾にくツつく。カラツカラと流れて來ては、ぴたツと尾にくツつく。狐はははアこれはみんな魚だなア、果報者々々々と喜んで、時々尻尾を水から引き上げては、その分量を計つて見たりして居た。そして段々重くなつたが慾を張つて、もう少し、もう少しと思つて、ぢつと我慢をして居た。

 そのうちに夜が明けた。川面《かはも》の一面に氷が張り切つた。狐の尻尾も氷と一緖に張りくわつてしまつた。狐は考へた。これは事だア、あの早起きの犬の奴か、人間に見付けられたら事が起る。今の中《うち》に魚をさげて家さ歸つた方がよい。そこで尻尾を持上げやうとしたが、一分《いちぶ》も氷から拔け上らばこそ、あれアと思つて、ひどく狼狽(アハ)てゝ居た。其所へ長者どんの嫁子樣《あねこさま》が朝水《あさみづ》を汲みに、手桶を擔《かつ》いで來た。そして狐が川戶に居るのを見て、擔ぎ棒で叩き殺した。

 (私の稚《をさな》い時の記憶、奧州の子供等はこんな
  種類の話を一番最初に聽かせられた。)

 

     (其の二)

 

 昔々或所に狐と獺と朋輩になつて居た。或時狐が獺の家へ招(ヨ)ばれて澤山魚を御馳走になつた。其時狐が言ふには、お前はいつも魚を澤山取つて居るが、それは一體どうして取るもんだか、俺にも敎へてくれないかと言つた。獺はいつも猾《ずる》い狐のことだから、日頃の思ひを知らしてくれべと思つて、狐モラヒ、魚取る事など一向難《むつかし》くないもんだ。寒中甚(ヒド)くシバレる夜明《よあけ》に魚の居さうな深い淵のやうな所に行つて尻尾を水に浸して居ると、いろいろな魚が來てつくから、いゝ加減ついた頃を見計らつて窃《そ》つと[やぶちゃん注:底本は「窃つて」。「ちくま文庫」版で訂した。]引き上げて家へ持つて還ればそれでよいのさと言つた。

 狐は獺の話を半分ぐらい聽くと、あゝもうえええ、分つた分つたと言つて歸り、其足で村でも一番雜魚の居さうな深い淵へ行つて、獺が云つた通りに尻尾を水に浸して座り、向ふ山を眺めてチヤジヤまつて(躇《うずくま》つて[やぶちゃん注:読みは「ちくま文庫」版で「躇」は「躊躇(ちゅうちょ)する」のそれだが、この漢字は「踏む」、「ためらう・たちもとおる・ぐずぐずする」(「躊躇」はその意)、「越える・飛び越える・渉(わた)る」の意しかなく、「踞(うずくま)る」の意はないから、佐々木の誤用であろう。])居た。そして時々尻尾を引き上げて見ると、川上の方からザエ(薄氷)が、カラカラと流れて來てはピツタリと尻尾にくつつく。すると狐はさうら一匹ツ、またカラカラと流れて來て、ピタリとくつつくと、さうらまた二匹と言つて居た。さうして居るうちに段々と多くの氷がしつかりくつついたので、狐はこれは大漁だと思つて嬉しく、一ツ歌をうたうベア、

   はア鱒アついたか、ヤンサア

   鮭がついたか、ヤンサア

 と繰り返し繰り返しながら歌ひながら、上下に體をあふつて居た。

 其朝、近所の家の嫁子《あねこ》が早く起き出て、川へ水汲みに行くと、狐の野郞が歌をうたひながらウナヅイ(體を上下)て居るので、あら狐の野郞が馬鹿眞似をして居るアと言つて、あたり近所の人達を起して、棍棒や斧などを持つて來させると、狐は驚いて一生懸命に逃げ出さうと尻尾を引き拔いたところが、尻尾の皮が引(ヒ)ン剝(ム)げて、結局ひどい目に遭つて命(イヌチ)からがら山へ逃歸《にげかへ》つたと。ドツトハラヒ。

 (江刺郡米里村の話、昭和五年六月二十七日佐々木
  伊藏氏談の三。)

 

     (其の三)

 

 昔はあつた。非常にシバレる晚であつた。恰度《ちやうど》雫石だと俺の家のやうな所で、向ふの方から雪道をシヨンシヨンと狐がやつて來た。すると此方(コツチ)の方から獺が大きな鮭を取つてズルズル曳きずつて來るのと、ばつたり出逢つた。ジヤ獺どナ獺どナ、ソナタ良くいつでも鮭だの鱒だの捕つて來るは、ナヂヨにして捕つて來るがナ。なアに雜作(ザウサ)なエごつた、まづ今夜のやうな、うんとシバレる時、づらツと見て步けば、家の前にじようや(玆《ここ》では屹度《きつと》の意)ぽつンと川戶さ穴が空(ア)いてゐるものだ、其處さ行つて、

   鮭ア釣《つ》ゲ

   鱒ア釣ゲ

 と言つて居ると、大きな鮭だの鱒が必ず釣ぐもんだ。まずやつて見とらなでヤ。時に獺どナ、その鮭まづ御馳走したもれでヤ、よがべ、よがべと言つて、二匹は、鮭を喰つてしまつて、それから狐は獺に敎へられた鮭釣りの傳授に、喜んで、まづ斯《か》う行つて見ると、如何にも獺の言ふた通り、氷(スガ)を取り除《の》けた川戶があつたので、早速尾を入れて、

   鮭ア釣ゲ

   鱒ア釣ゲ

と唄つてゐると、あまりシバレるので、ザエが流れて來て、狐の尾にぱたりぱたりと當るので、ひよツと尾を上げて見ると、何も釣いて居ない。又暫くすると、パタパタと障《さは》るので、今度こそ鮭が釣いたに相違ないと思つて、尾を上げて見るとやつぱり[やぶちゃん注:底本は「やつぽり」。「ちくま文庫」版で、一応、訂した。]何も着いて居ない。斯うして繰り返して居るうちに、段々尾が重くなつたので、何でも今度は大きな鮭は釣いて居るやうだと思つて喜んで居た。

 それが一ぴきや二ひきぢやない、餘程の魚が釣れてゐるやうだと思つて居ると、東の空が段々白くなつて、夜が明けさうになつた。すると近所の家々では、ガラガラと戶を繰つて朝起きをする模樣なので、これではならないと思つて、尾を引いて見ると重いので、ウンと力を入れて引ツ張つても尾が拔けない。そのうちに近所の家の嫁(アネコ)が桶を擔いで水汲みに來た。狐は一生懸命になつて引ツ張つても尾が拔けて來ないので、今は泣き出しさうになつて、

   鮭もいらない、

   センドコサのグエン、グエン、グエン

   鱒もいらない、

   センドコサのグエン、グエン、グエン

   鮭も鱒もいらない、

   センドコサのグエン、グエン、グエン

 と叫び出すと、水桶の擔ぎ棒でもつて、このクサレ狐ア、ひとの家の川戶さ來てケズガつたと言つて、ガキン、ガキンと打喰わ(ブツクラ)されて殺されてしまつたとサ。ドツトハラヒツ。

 (七九番同斷の一三。)

[やぶちゃん注:「センドコサのグエン、グエン、グエン」意味不明。]

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