只野真葛 むかしばなし (66)
一、菊田喜太夫といへる人は、すぐれて小祿なりしが、始(はじめ)、壱人身(ひとりみ)にて有(あり)し時、おもへらく、
『味よき物をこのむほど、費(ついへ)なる事、なし。心のかぎり、儉約を、せばや。』
とて、汁・香の物なく、味噌少々そへて、食せしに、
『さすが、膳𢌞り、さびしゝ。』
と思ひて、木にて、魚の形をこしらい[やぶちゃん注:ママ。]、竹ぐしにさして、みそを、ぬりて、燒置(やきおき)、味噌ばかり、くひて、又、付(つけ)ては、燒々(やきやき)して、二、三年、くひしほどに、金持と成(なり)て、いろいろ、かうも有しとぞ。
後に妻子も持(もち)たれど、
「我等如くなる身代にて、味よき物、くうべからず。」
と諫(いさめ)て、家内にも、魚類を、くはせざりし、とぞ。
金のくり合たのまれて、せし程に、鯛の、おほくとれたる時、さるかたより、鯛一枚、進物(しんもつ)にせし、とぞ。喜太夫は、るすなりし。家内、悅び、
「いざや。鯛を、くわん[やぶちゃん注:ママ。]。」
とて歸りを待てゐしに、喜太夫、かへりしかば、其由を云(いひ)て、魚をみせしに、
「たとへ、もらいたりとても、かやうの物は、くわぬぞ、よき。」
とて、頭と尾を持(もつ)て隣へ、垣ごしに、なげやりし、とぞ。
家内は、あきれ顏見合(みあひ)てをるに、しばし有(あり)て、隣の人、外にいでゝ、魚を見付(みつけ)、大きに驚き、
「どうして、爰(ここ)に、鯛が來たぞ。犬のくわへてきたにしては、齒あとも無(なし)。」
とて、
引返し、引返し、みて、
「鯛を拾ふは、目出たい事なり。いざ、いわゝん[やぶちゃん注:ママ。]。」
と、人を集め、酒をかい[やぶちゃん注:ママ。]などして、にぎはふ躰(てい)なり。
是を聞(きき)て、喜太夫、家内にしめすやう、
「あれ、あのばか共を見よ。『鯛一枚、ひろいし。』とて、酒を買、酢・せうゆを、つゐやし[やぶちゃん注:ママ。]、人、集め、飯《いひ》をも、費すべし。味よき物、くう[やぶちゃん注:ママ。]、無益なる事、是にて、しるべし。」
と云(いひ)しとぞ。
かゝる心の人も有けり。
[やぶちゃん注:この話、既に全文を電子化注した「奥州ばなし」の「丸山 / (菊田喜大夫)」に、ほぼ同文が載っている。]
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