佐々木喜善「聽耳草紙」 六八番 鼠の相撲
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。]
六八番 鼠の相撲
或所に貧乏な爺樣婆樣があつた。爺樣が或日山へ柴刈りに行くと、向ひ山の方から、デンカシヨツ、デンカシヨツと云ふ聲が聞えるから、ハテ不思議だと思つて、其音を便りに行つて見ると、瘦鼠と上々の鼠とが一生懸命に相撲を取つて居た。
木の間に隱れて其れをよく見て居ると、其瘦鼠は爺が家の鼠、上々の鼠は長者どんの所の鼠であつたが、爺の家の方のが力が弱くて、長者どんの鼠にスポン、スポンと取つて投げられるので、爺樣はモゾク(可愛想に)なつて、家に歸つた。そして婆樣に山で見た事を言つて、家の鼠がモゾヤだから餅でも搗いて食はせて力を强くして、相撲を取らせたいと言つて、爺婆して餅を搗いて戶棚に入れて置いた。
其晚、鼠はうんと餅を食つた。
其次ぎの日も爺樣が山へ柴刈りに行くと、昨日のやうに、デンカシヨツ、デンカシヨツと云ふ掛け聲が聞えるから、其音を便りに行つて見ると、又昨日の鼠どもが相撲を取つて居た。爺樣が木の間から見て居ると、爺の鼠と長者どんの鼠とはどうしても勝負がつかなかつた。そこで長者どんの鼠がお前はどうしてさう急に力が强くなつたと訊くと、爺の鼠は、得意になつて、實は俺ア昨夜餅をウンと御馳走になつたから力が强くなつたと言つた。すると長者どんの鼠はケナリ(羨《うらやま》し)がつて、それぢや俺も行くから御馳走してケロと言ふと、爺の鼠は、俺ア家の爺樣婆樣は貧乏だから、めつたに餅などア搗けねけども、お前が錢金《ぜにかね》をうんと持つて來たら御馳走してもよいと言ふた。そんだら持つて行くから御馳走してくれと言つた。
爺樣は鼠の話を聽いて可笑しくなり、家へ還つて山での事を婆樣に話して聽かせ、其夜も餅を搗いて二匹分置き、その側に赤い褌《ふんどし》を二筋揃へて置いた。
長者どんの鼠は錢金をうんと背負つて、爺の鼠のところへ來て見ると、そこには餅もたくさんあれば、其上に赤い褌まであつたので大喜びで、餅を御馳走になつて金を置いて行つた。
爺樣は其次ぎの日も、いつもの通りに山へ柴刈りに行くと、今日は何日(イツ)もにも增して元氣よく、デンカシヨツ、デンカシヨツと掛聲して相撲取つて居る音がするので、木の間から見ると、二匹は赤い褌を同じやうに締めて取り組んで居たが、爺の鼠も今では長者どんの鼠のやうに力が强くなつて、いくら取つても勝負つかずであつた。
爺樣は鼠からもらつた金で、大金持になつた。
(秋田縣角館小學校高等科、柴靜子氏の筆記摘要。
武藤鐵藏氏御報告の五。)