「近代百物語」 巻二の三「箱根山幽靈酒屋」 /巻二~了
[やぶちゃん注:明和七(一七七〇)年一月に大坂心斎橋の書肆吉文字屋市兵衛及び江戸日本橋の同次郎兵衛によって板行された怪奇談集「近代百物語」(全五巻)の電子化注を始動する。
底本は第一巻・第三巻・第四巻・第五巻については、「富山大学学術情報リポジトリ」の富山大学附属図書館の所蔵する旧小泉八雲蔵「ヘルン文庫」のこちらからダウン・ロードしたPDFを用いる。しかし、同「ヘルン文庫」は、第二巻がない。ネット上で調べてみたが、この第二巻の原本を見出すことが出来ない。そこで、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載るもの(底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていないことが判ったばかりであった)を底本として、外の四巻とバランスをとるため、漢字を概ね恣意的に正字化して用いることとした。なお、「続百物語怪談集成」からその他の巻もOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
本「近代百物語」について及び凡例等は、初回の私の冒頭注を参照されたいが、この第二巻は以上の通り、欠損しているため、「続百物語怪談集成」の本文を参考に、手入れは初回通り、漢字を概ね正字化し(第一巻の表記は敢えて参考にしなかった。例えば、「鼡」とか「礼」などを指す)、自由に句読点・記号を追加・改変して、段落も成形した。また、そちらにある五幅の挿絵をトリミング補正して適切と思われる箇所に挿入する。因みに、平面的に撮影されたパブリック・ドメインの画像には著作権は発生しないというのが、文化庁の公式見解である。]
三 箱根山幽靈酒屋(はこねやまゆうれいさかや)
[やぶちゃん注:キャプションは、
*
世(よ)に下戸(げこ)と
化物(ばけもの)は
なし
と
いふ
醉(ゑひ)て
心(こゝろ)の乱(みだ)れ
くるふぞ
ばけ物の
骨頂(こちてう[やぶちゃん注:ママ。])
なるべし
《右の童子の台詞。》
さけのよい[やぶちゃん注:ママ。]
さけのよい[やぶちゃん注:底本では踊り字「〱」。]
《酔っ払いの台詞。》
そのさけ
外へは
やらぬ
やらぬ
*
後のものも、またしても本文内容とは一致を見ない戯画である。]
瓢齋(ひようさい[やぶちゃん注:ママ。])といふ隱士あり。
ふと、おもひたち、
「みちのくの名所、見ん。」
とて、都より、東海道に、かゝりくだりしに、「はこね」の山中にて、おもわず[やぶちゃん注:ママ。]、日、くれたり。
みちを、ふみまどひて、人のかよはぬ所へ出でたり。
されども、酒店(さかみせ)、あり。
『まづ、ひとつ、酒をのみて、道をも、たづね行くべし。』
と、おもひ、店に入りて、
「酒を、のむべし。」
と、いへば、一人の女《をんな》、うちへ入り、しばらくして、もち出でて、あたふ。
其色(いろ)、はなはだ、紅(あか)くして、味はひ、甘美なり。
すでに、酒を、皆、のみて、
「今、一《ひと》てうし、もち來るべし。」
と、いふに、女、泣いて、いはく、
「又、酒を、もとめ給ふまじ。われ、世にありしとき、はなはだ、おごりて、日々に酒をのみ、世のついへを知らざりし。此ゆへに、死して、今、此むくひを、うく。酒を買ふ人あれば、我が身のうちの血を、しぼりて、これを、うる。其くるしさを、あわれみ[やぶちゃん注:ママ。]たまへ。」
と、いふに、瓢齋、おどろきおそれて、はしり出して、やうやう、本みちに出でたれば、まだ、日は、たかし。
人に、此事をかたるに、其所を知るもの、なかりし、となり。
[やぶちゃん注:キャプションは、
*
酒(さけ)を吞(のみ)て
能(よき)ほど
有べし
米(こめ)は
人を
養(やしの)ふ物
なるを
無益に(むゑき[やぶちゃん注:ママ。])に
ついやす[やぶちゃん注:ママ。]
事
天のとがめ
あるへし
《上の男の台詞。左手の傍ら。》
たるとは
つらいぞ
《下の男二人のどちらかの台詞。右下方。》]
なむさん
ばけ
たり
《樽の化け物の口の前の台詞。》
酒を
くらは
さふ[やぶちゃん注:ママ。]ぞ
《左下の盃の化け物の台詞。》
おほい
おほい
*]
二之巻終
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