佐々木喜善「聽耳草紙」 七二番 猿になつた長者
佐々木喜善「聽耳草紙」 七二番 猿になつた長者
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。]
七二番 猿になつた長者
或所に長者があつた。其隣りに大層貧乏な家があつて、八月の十五夜の晚お月神樣に上げる米もなかつた。それで隣りの長者どんに團子にする米を借りに行つた。すると長者の旦那樣はさんざらほだい(大層に)貧乏人を惡口して笑つたあげく、お月樣には馬の糞でも拾つて來て上げるがよいと言つて歸した。
貧乏人は困つて、外の畠から少し豆を盜んで來て、お月樣に上げた。
其翌朝隣の長者の家で、なんだかクワエンヒ、クワエンヒと啼く聲がするので行つて見ると、旦那樣はじめ家の人達がみんな猿になつて居た。それを追つて貧乏人は長者となつた。
此人の行《おこな》ひから、八月十五夜の神樣に上げる豆は、人の物を盜んでも神樣はおゆるしになることになつて居る。