佐々木喜善「聽耳草紙」 七四番 猿の餅搗き(二話)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。]
七四番 猿の餅搗き (其の一)
或山の麓にお寺があつて、そのお寺の境内の古池に蛙がズツパリ(多く)住んで居た。春の彼岸が來たのでみんなが蓮の葉の上に寄り集つて、ぢえぢえこれら、彼岸には何を喰つたらよかべなアと相談した。そして今年は餅を搗くことにきめて、池のほとりで餅を搗いて居た。すると其所へ山猿がやつて來て、なんだお前達は何して居れやと訊いた。
蛙どもはおらアお彼岸樣に上げる餅を搗いて居るところだと言つた。猿は嘲笑つて、お前達は蛙の癖に何もそんな眞似するには及ばないさ。どれ其餅をこツちさ寄こせと言つて、餅を臼ごと引擔《ひつかつ》いで山の方へ、どんどん走つて行つてしまつた。
蛙どもは悲しくて大變泣いて居た。そしてこれはことだ、これはことだとダヤカエシ(がやがやとつぶやき)ながら、猿が行つた方の山へぞろぞろと行つて見た。すると餅が途中に落ちてゐた。それを見つけて蛙どもはゲクゲクと大騷ぎして喜んで皆して寄つて喰つて居た。
猿は自分の家へ還つて、臼を肩から下して見ると、餅はなかつた。これはしまつた、さう言つて引返して途中まで探して來ると、多勢《おほぜい》の蛙どもが、盛んにその餅を食つて居た。猿は怒つて、その餅よこせと言つた。すると蛙どもも怒つて、そんだらそれ、これでも食らへと言つて、自分らの食い殘しをみんな猿の顏に撲(ブツ)つけた。あれやツと言つて猿が其餅を顏から取るべえとすると、皮がびりびり剝(ヘ)げて、今のやうにあんな眞赤な色(イロ)ズバサ(色肌)になつた。
猿と蟹 (其の二)
或時、猿と蟹とで餅搗きをした。猿はよい程に餅が搗けた時、ドラと聲がけをして、臼を背負つて途哲《とてつ》[やぶちゃん注:漢字はママ。「途轍」が正しい。]もない山の方を目掛けてどんどん走《は》せて行つた。これヤことだと蟹は膽《きも》を潰して、猿どん猿どん何してそんなことウすんまアすと言つて、猿のあとを追(ボツ)かけて行つた。猿は餘りあわてて、臼の中から餅が落ちたのも知らないで山へ入つた。蟹は餅を見つけて拾つて、木の葉を吹拂(フツパラ)ひかツぱらひ食へばわるくも御座らぬと言ひながら、しんめりしんめりと食つていた。
猿はそんなことは知らないで、どんどん走せて行つて、後を振返つて見ると今迄追(ボツ)かけて居た蟹がはア見えなくなつて居た。だから此邊がよかべと思つて、臼を肩から下して見ると、中に餅がなかつた。これはしまつたと言つて後へ引返して來て見ると、蟹がさもさも、うまさうに餅を食つて居た。猿はひどく怒つて、蟹々其餅よこせと言つた。それでも蟹は澄まして、木の葉や塵(ゴミ)がついて、なぞにしても食はれないところを、そんだらそれやツと言つて、猿の顏に撲(ブツ)つけた。
あれやツと言つて猿が顏の餅を引放(フチパナ)すべと思つて、いきなり搔(カツ)ちやくと、顏の皮がびりびりと引剝げて今のやうに、あんなに赤面《あかづら》になつた。
[やぶちゃん注:太字は底本では傍点「﹅」。]
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