大手拓次 「幻は月を刻む」
[やぶちゃん注:本電子化注は、初回の冒頭に示した通りで、岩波文庫の原子朗編「大手拓次詩集」(一九九一年刊)からチョイスし、概ね漢字を正字化して、正規表現に近づけて電子化注したものである。
以下は、底本の編年体パートの『散文詩』に載るもので、底本の原氏の「解説」によれば、大正期(元年は一九一二年)から昭和期(拓次の逝去は昭和九(一九三四)年四月十八日午前六時三十分)年までの、数えで拓次二十六歳から死の四十七歳までの『散文詩約五〇篇中より一七篇』を選ばれたものとある。そこから、詩集「藍色の蟇」に含まれていないものを選んだ。
なお、本篇を以って編年体パートの『散文詩』からのチョイスは終わる。]
幻は月を刻む
まぼろしは 月をきざんでゐる。薔薇の形に。散らうとする意志をふくむ 滿開のばらの形に。
まぼろしは 言葉にならない音をきざんでゐる。魚のおよぐ形に。丘にのぼらうとする小魚のむらがる 心の形に。
まぼろしは 無心(むしん)の口笛をふいてとどまり、
おびただしい稜角をもつて表現をおさへてゐる。

