「新說百物語」巻之一 「但刕の僧あやしき人にあふ事」
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。今回はここ。
挿絵は、「続百物語怪談集成」にあるものをトリミング補正して使用する。因みに、平面的に撮影されたパブリック・ドメインの画像には著作権は発生しないというのが、文化庁の公式見解である。]
但刕《たんしう》の僧あやしき人にあふ事
但刕の山よせに、何寺とかやいふ寺に、道幸といふ、四十はかり[やぶちゃん注:ママ。]の僧あり。
[やぶちゃん注:「但刕」但馬国。現在の兵庫県北部。]
その寺のうしろの山は、むかしより、
「魔所(ましよ)。」
と、いふて、人々、おそる所にてありけるか[やぶちゃん注:ママ。] 、あるひは[やぶちゃん注:ママ。]、
「おゝきなる[やぶちゃん注:ママ。]山ぶしにあひたる。」
の、又は、
「高入道(たかにうどう[やぶちゃん注:ママ。])が、見たる。」
とて、たしかに見きはめたる事はなけれとも[やぶちゃん注:ママ。]、その奧山へは、ゆく人、なし。
[やぶちゃん注:「高入道」妖怪「見越し入道」のこと。当該ウィキを見られたい。私は前の大山伏も含めてブロッケン現象の誤認と断ずるものである。]
道幸が云ふ。
「化物(はけ《もの》[やぶちゃん注:ママ。])も、魔障(ましやう)も、人にこそ、よれ。我、ゆきて、見ん。」
とて、ある日、彼《かの》山のおくに、いたりて、とある岩根に、腰、打《うち》かけ、たはこ[やぶちゃん注:ママ。] など、のみて居《ゐ》たりけるに、何のさはる事もなく、ありけれは[やぶちゃん注:ママ。]、
「されは[やぶちゃん注:ママ。]、化物も、人にこそ、よれ。」
と、つふやきて[やぶちゃん注:ママ。] 、木の皮を、けづり、しるしをして、歸らむとするに、俄(にわか)に、嵐(あらし)、
「さつ」
と、吹き來たりて、さも、すさましく[やぶちゃん注:ママ。] 、空、かきくもり、いつとなく、
「とうとう」
と、なりて[やぶちゃん注:「鳴りて」ととっておく。何の音かは、不明。]、おそろしき事、いはんかたなし。
されとも、道幸は、少しもさはかす[やぶちゃん注:ママ。] 、ゆうゆうと、下山したりけるか[やぶちゃん注:ママ。] 、
『山も、半(なかば)。』
と、おもふ頃、しはかれたる聲にて、
「此度《このたび》は、ゆるすとも、終(つゐ[やぶちゃん注:ママ。])に、命(いのち)は、あるし[やぶちゃん注:ママ。] 。」
と、いひけるにそ[やぶちゃん注:ママ。] 。
さしもの道幸、
「ぞつ」
として、足はやに、寺へ、かへりぬ。
[やぶちゃん注:右幅に寝ているのが主人公の僧。夢の内容を描いた左幅から流れる雲形の上に描かれているのは、七名の供奉する者を従えた貴人(鬼神)の乗った、馬が引く車である。左下方に記されたキャプションは、『けふより』『いのちを』『ちゞ』『むる』『そ』とある。]
其後《そののち》、四、五日も過《すぎ》て、道幸、夢に見けるは、その長(た)ケ壱寸はかり[やぶちゃん注:ママ。]の、衣冠正しき人、輿車(こしくるま)に乘り、其外、供まはり、美々(ひゝ[やぶちゃん注:ママ。])しくして、枕もとに、來たり、
「我は、此山のうしろに住むものなり。先日は、おもひよらす[やぶちゃん注:ママ。] 、登山(とうさん)いたされけれとも[やぶちゃん注:ママ。] 、何の風情《ふぜい》も、なし。そのかはりに、今日より、其方の命を、毎日、毎日、ちゞむるなり。其ため、我等、來たりたり。明夜《みやうや》よりは、下官(げくわん)ども、かはるかはる[やぶちゃん注:ママ。底本は後半踊り字「〱」。]、來《きた》るへし[やぶちゃん注:ママ。] 。先《まづ》、今夜より、命を、ちゝめよ[やぶちゃん注:ママ。]。」
とて、下役(したやく)と見へし、一寸はかり[やぶちゃん注:ママ。] の男、ちいさき鍬(くは)と、鋤(すき)とを持ちて、二人、耳の穴より、はいり、しばらくして、何やらむ、しろきあふら[やぶちゃん注:ママ。脂(あぶら)。] のやうなるものを、指さきほど、持出《もちいで》たり。
それより、毎夜(まいや)、毎夜、かくのごとくするほどに、此僧、段々と、瘦せおとろへ、つゐに[やぶちゃん注:ママ。]、二月(ふたつき)ばかりして、死にたり。
「是は、元文の頃にて、まさしく見たり。」
と、人の申しける。
[やぶちゃん注:「元文」一七三六年から一七四一年まで。徳川吉宗の治世。本書は明和四(一七六七)年の春に板行であるから、近過去の話柄である。]
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