佐々木喜善「聽耳草紙」 一〇七番 赤子の手
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。標題の「赤子」は言わずもがなだが、「あかご」と読む。]
一〇七番 赤子の手
或所に亭主(トト)と女房(カカ)があつた。亭主は用足しに町サ行く事になり、懷姙の女房一人で宿居(ヤドヰ)して居た。
亭主が出かけて行くと、そのあとへ山婆《やまんば》が來て腹の大きい女房を取つて喰つた。夕方亭主が歸つて來て、今歸つたと言つても、普段なら直ぐ返辭する筈の女房が何の返辭もしなかつた。不思議に思つて、其邊を見てもいないので、暗シマ[やぶちゃん注:読み不詳。「くらしま」と仮に読んでおく。]の家の内に入つて、まづ火を焚きつけべえと思つて、爐(ヒボト)へ來て、火打道具で火を起して、フウフウと吹くと、テデなやアと言つて、亭主の頰をテラリと摩擦(コス)るものがあつた。又フウフウと吹くと、テデなやアと言つては其頰をこする者がある。亭主はいよいよ不思議に思つて、あたりを見ると、赤子の左手が肘からもげて轉《ころ》がつて居た。よく見ると血がついて居るので、さてはと思つて、寢床へ行つて見ると、女房は喰はれて其所邊中《そこらぢゆう》血だらけであつた。その血痕の跡を尋ねてだんだんと行つて見ると、常居《とこゐ》[やぶちゃん注:囲炉裏のある家族がいつもいる居間のこと。]の棚の上に、山婆が上つて居て口にはベツタリ血を塗つて居た。亭主はいきなり木割りで其山婆を斬り殺した。
(田中喜多美氏の報告の分の二〇。摘要。)
[やぶちゃん注:特異点のリアリスティクなスプラッター猟奇譚である。これは、私が少年で、居間の囲炉裏端で聴いていたとしたら、佐々木喜善と同じく、その晩は、怖くて眠れなくなるであろう凄さだ。]
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