「新說百物語」巻之一 「見せふ見せふといふ化物の事」
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
今回はここ。本篇には挿絵はない。]
見せふ見せふといふ化物(ばけ《もの》)の事
近き頃、さめかゐ通《どほり》[やぶちゃん注:ママ。]に、書物屋の利助といふものあり。常に、大坂より、奈良にかよひて、家業をいたしける。
[やぶちゃん注:「さめかゐ通」醒ヶ井通(さめがいどおり)は京都の通名(とおりめい)。ここ(グーグル・マップ・データ)。]
あるとしの事なりしか[やぶちゃん注:ママ。]、久しく相《あひ》わつらひて[やぶちゃん注:ママ。]、田舍のかたへも行かさりしか[やぶちゃん注:ママ。]、最早、快氣して、又〻、例年のことく[やぶちゃん注:ママ。]、大坂に行き、あきなひも致し、京・大坂の書物を荷物に作り、さきへ、つかはし、我身、壱人《ひとり》、奈良へ下りける。
所用の事ありて、殊の外に、おそく、旅宿(りよしゆく)を出《いで》けるゆへ[やぶちゃん注:ママ。]、道にて、日、くれける。
奈良海道[やぶちゃん注:ママ。]に、人家をはなれし、三昧(《ざん》まい)[やぶちゃん注:墓場。]あり。
壱人の事なれは[やぶちゃん注:ママ。]、何とやら、心ほそく[やぶちゃん注:ママ。]おもひて、その所を通りけるか[やぶちゃん注:ママ。]、其夜は、空も、くもりて、星もなく、霜月の初つかたなれは[やぶちゃん注:ママ。]、㙒邊ふく風も、身にしみて、とほとほ[やぶちゃん注:ママ。]と、行きたりける。
壱町斗《ばかり》[やぶちゃん注:約百九メートル。]むかふを見れは[やぶちゃん注:ママ。]、狐火とも見へす[やぶちゃん注:ママ。]、又は、挑灯(てうちん)とも見へぬ、火のひかり、
「ふらふら」
と、來たりける。
次第次第に、近づきなれ[やぶちゃん注:ママ。] ぬれは[やぶちゃん注:ママ。]、何やらむ、女の、なく聲のやうに、きこへけるゆへ[やぶちゃん注:ママ。]、道脇にありける大石塔のかけ[やぶちゃん注:ママ。「蔭(かげ)」。] に、身を、ひそめ、樣子をうかゝひ[やぶちゃん注:ママ。]ける。
しはらく[やぶちゃん注:ママ。] ありて、彼《かの》火、次第に近つく[やぶちゃん注:ママ。]を見れは[やぶちゃん注:ママ。]、髮をみたし[やぶちゃん注:ママ。「亂し」。]たる女の首、かね、くろく付けて、胴は、なくて、地より、壱尺はかり[やぶちゃん注:ママ。]上を、風のふくことく[やぶちゃん注:ママ。]に行きけるか[やぶちゃん注:ママ。]、ものかなしき聲にて、
「見せふ、見せふ、」
と、はかりいゝて[やぶちゃん注:総てママ。]過行《すぎゆ》きける。
そのものいふ度(たび)に、口より、
「くはつくはつ」
と、火のひかり、出《いで》たり。
四、五間[やぶちゃん注:七・二七~九・〇九メートル。]はかり[やぶちゃん注:ママ。]は、見をくり[やぶちゃん注:ママ。]けるか[やぶちゃん注:ママ。]、其後は、かの利介、目をまわして、物をも、覚へす[やぶちゃん注:ママ。] 。
夜明け前に、やうやう、正気になり、道をいそき[やぶちゃん注:ママ。]て、奈良に來たり、宿の亭主に物かたりしける。
「いまた[やぶちゃん注:ママ。]、そのふるひは、やまさり[やぶちゃん注:ママ。]ける。」
と、なん。
[やぶちゃん注:著者は書肆であるから、その関係でまた聴きした噂話か。直接聴いたしなかったところが、逆に信憑性を感じさせるものではある。にしても、この一篇、濁点が殆んどないのには、ほとほと、困った。五月蠅いが、悪しからず。]