「新說百物語」巻之四 「鼡金子を喰ひし事」
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
今回はここから。挿絵はない。この篇も濁音脱落が多い。ママ注記が五月蠅いが、悪しからず。]
鼡《ねずみ》金子《きんす》を喰《くら》ひし事
近頃の事にてありし。
濃州の一村に、やうやう、三百軒はかり[やぶちゃん注:ママ。]の所あり。
その村に、中尾氏の人あり。一村の内にて、壱人《ひとり》の身上にて、米・酒を、うり、一村の田畑、その外、衣類等まで質物《しちもの》なども取りて、何代とも知れす[やぶちゃん注:ママ。]、つゝき[やぶちゃん注:ママ。]たる家、あり。
ある時、その隣(となり)の下百姓《したびやくしやう》[やぶちゃん注:小作の百姓。]の女子《むすねご》の七才はかり[やぶちゃん注:ママ。]なるもの、うらの藪にて、金一步《ぶ》、拾ひたりけるを、親に見せければ、悦《よろこ》ひ[やぶちゃん注:ママ。]て、
「盆(ぼん)かたびらを、かふて、着すべし。」
と、隣の彼《か》の冨家《ふけ》へ持行《もちゆ》き、
「錢と、兩がへして給はるへし[やぶちゃん注:ママ。]。」
と申しける。
亭主、うけ取りて、よくよくみれは[やぶちゃん注:ママ。]、其一步、慶長金《けいちやうきん》にて、鼡の喰ひし齒形(はかた[やぶちゃん注:ママ。])あり。その通りを、かの者に、いゝ[やぶちゃん注:ママ。]きかせ、鳥目《てうもく》八百文に買取《かひとり》ける。
百姓、おゝき[やぶちゃん注:ママ。]に、よろこひ[やぶちゃん注:ママ。]、歸りけるか[やぶちゃん注:ママ。]、そのゝち、又々、その娘、小判一兩、ひろい[やぶちゃん注:ママ。]、歸りける。
其事、近所に、かくれなく、其あたりを尋ねけれは[やぶちゃん注:ママ。]、或は、一兩、又は、一步宛《づつ》、ひろいけるもの、二、三十人ほどあり。
およそ、金子七八十兩に、なりぬ。
そのまゝにても、おかれず、代官所へ、ことはり[やぶちゃん注:ママ。]けれは[やぶちゃん注:ママ。]、御吟味の上、壱步にても、鼡の齒かたの、いらぬは、なかりける。
段々、吟味いたしけれは[やぶちゃん注:ママ。]、中尾氏の土藏の、四、五間、脇より、鼡穴ありて引出したる金子なり。
予も、その一步を、見侍りしか[やぶちゃん注:ママ。]、成程、ねつみ[やぶちゃん注:ママ。]の齒形、ありける。
[やぶちゃん注:実話談。
「慶長金」江戸初期、慶長六(一六〇一)年から江戸幕府が発行し、全国に流通した金貨、慶長大判・慶長小判・慶長一分(ぶ)金の総称。孰れも、後代のものに比較して、良質であったが、元禄の貨幣改鋳(元禄八年八月七日(一六九五年九月十四日))によって回収され、改悪された。本書の刊行は明和四(一七六七)年。]
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