佐々木喜善「聽耳草紙」 一三六番 人間と蛇と狐
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。]
一三六番 人間と蛇と狐
或大海潚(オホツナミ)があつた時、旅人が浪にもまれて居る人間を助けた。そして、あゝ危いところであつた。幸ひ俺が通りかゝつてよかつたと言ひ、又其人間も、お蔭樣で大切な生命(イノチ)を助けて貰つた、此御恩は如何(ナゾ)にして返したらよいかと淚を流してお禮を言ひながら、一緖に步いて少し行くと浪にもまれて溺れかゝつて蛇が居た。それを又旅人が助けて連れて行つた。又少し行くと一匹の狐が浪に押し流されて溺れかゝつて居た。これも又助けてやつて人間と蛇と狐とを連れて旅を重ねて行つた。
[やぶちゃん注:「大海潚」の「潚」はママ。通常、海鳴り(熟語としての「海嘯」の場合は、津波を含まず、その海鳴りの音だけを指す場合もある)を伴う大津波(基本的には地震に限らず、科学的には、満潮の際、河口に入る潮波の前面が垂直の高い壁状になって、砕けながら、川上に遙かに進んで大逆流する現象を狭義には言う。しかしまた、台風や暴風雨と気圧と干満の関係から発生する海鳴りを伴う大きな津波も、かく呼ぶ。岩手・宮城を中心とする東北太平洋岸はリアス式海岸が多く、大・中型の台風の襲来でも、これに似た現象は起こるので、これを我々の記憶に近い大地震による大津波と理解するのは正しくない。そもそもここでは、大津波の前に発生した地震を述べていないから、猶更である)を意味する歴史的仮名遣「だいかいせう」の漢字表記は「大海嘯」(現代仮名遣「だいかいしょう」)が正しい。「ちくま文庫」版でも『大海嘯』に訂されてある。一見すると、「潚」でも同音で、いいように見えてしまうが、「潚」には、・「清い水が深くて清い」、「対象の運動性能が速いことの形容」、「米を研ぎ洗う」などが、単漢字として意味で、一つ、「潚潚」の熟語に「風雨の激しい形容」の意はあるが、「大きな海鳴りを伴う大津波」の意味で「大海潚」と表記することはない。従って、ここは誤記か誤植である。]
或日或大層威勢のいゝ長者のゐる國へ行つて、其長者の館にこの連中が泊つた。其旅人は元來醫者であつたが、その國に醫者が居なかつたので、方々から診て貰ふ人々が每日每夜來て、それを癒してやり、大層其國の人達からアガメられて、多くの贈物などを貰つた。
其を見て、助けられた人間は旅人をひどく妬んだ。そして或日長者檀那に、あの人は眞實(ホントウ)の醫者ではない。實は恐しい魔法使ひでどんな惡い事を企《たくら》んで居るか分らないから要心めされと讒言《ざんげん》をした。長者は驚いて、役人どもを多勢を連れて來て旅人を捕へて直ちに牢屋へ打《ぶ》ち込んでしまつた。
[やぶちゃん注:底本では「檀那」は「擅那」とあるが、正しい「独擅場」(どくせんじょう)の読みから判る通り、「擅」には「ダン」の音はない。従って、これは誤字か誤植と断じて、訂した。無論、「ちくま文庫」版でも『檀那』となっている。後に出る箇所も同じく訂した。]
此ありさまを見て、蛇と狐は大層憤つたが、どうすることも出來なかつた。はてさて彼《あ》の人間こそは憎い男だ。それにしても俺達の恩人を牢屋から救ひ出すには、何(ナゾ)にしたらよいかと二匹は夜晝其事ばかりを相談して居た。其あげく蛇は長者の館の玄關の踏臺の下に隱れて居て、長者檀那が出やう[やぶちゃん注:ママ。]として片足を踏臺の外へ踏み下した時、その足に嚙みついた。長者はあツと言つて倒れたが、見て居る間に足が槌《つち》のやうに腫れ上つた。そして痛い痛いと泣き叫んで日夜苦悶した。其所ヘ卜者《うらなひ》に化けた狐が行つて、卦《け》を立てて、長者檀那の病氣を直せる人は此世の中にたつた一人しか無い。その人は長者の屋敷の中の牢屋に入れられて居る、あの天下に名高いお醫者樣であると言つた。長者はそんだらばと言つて、家來の者を呼んで、直ぐにあの旅人を牢屋から呼び出して連れて來《こ》うと言いつけた。
旅人が牢屋の中で悲しんで居ると、役人が來て直ぐ外へ出ろと言つた。これはてつきり殺されるのだと思つて觀念して居ると、直ぐに長者主人の前へ連れて行かれた。長者はこれこれ旅のお醫者殿、俺はこんな病氣に罹《かか》つた。早く診てくれろと賴んだ。旅人が長者の足を診て藥をつけると、見て居る間に今まで泣き叫んで苦しんで居た長者の傷がペラリと快《よ》くなつた。
長者檀那は大層喜んで、旅人を上座に直して、厚くお禮を言つた。そして卜者の言葉によつて惡い人間の方をこんどは牢屋に打ち込んだ。何よりかにより人間が、一番恩知らずであると謂ふことである。
(大正十二年一月二十日、村の大洞犬松爺の話の七。)
[やぶちゃん注:「何よりかにより人間が」「この世に存在する如何なる生き物の中でも、何よりも、よりによって、人間こそが」の意。]
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