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2023/06/22

「新說百物語」巻之四 「人形いきてはたらきし事」

[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。

 底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。

 今回はここから。この篇も濁音脱落が多い。ママ注記が五月蠅いが、悪しからず。挿絵は、「続百物語怪談集成」にあるものをトリミング補正・合成して使用した。因みに、平面的に撮影されたパブリック・ドメインの画像には著作権は発生しないというのが、文化庁の公式見解である。]

 

   人形いきてはたらきし事

 ある廻國の僧なりしか[やぶちゃん注:ママ。]、東国にいたり[やぶちゃん注:ママ。]、日をくらし[やぶちゃん注:日が暮れてしまったのに、宿るに適当な寺社もなかったのである。]、㙒はつれ[やぶちゃん注:ママ。]の家に、宿をかりて、一宿いたしける。

 あるし[やぶちゃん注:ママ。]は、老女にて、むすめ一人と、只、二人、くらしける。

 麥の飯なと[やぶちゃん注:ママ。]、あたへて、ねさせける。

 夜ふけて、老女のいふやう、

「是れ、むすめ。人形を、もて、おじや。湯を、あみせん。」

といふ。

 旅の僧、

『ふしき[やぶちゃん注:ママ。]なる事を、いふものかな。』

と、ねたるふりして、見居《みゐ》たれば、納戶《なんど》の内より、六、七寸はかり[やぶちゃん注:ママ。]のはたか[やぶちゃん注:ママ。]人形、ふたつ、娘か[やぶちゃん注:ママ。]、持ち出《いで》て、老女に渡しける。

 おゝきなる[やぶちゃん注:ママ。]盥(たらひ)に湯をとり、かの人形を、あみせけれは[やぶちゃん注:ママ。]、此、人形、人の如く、はたらき[やぶちゃん注:動き。]、水を、およき[やぶちゃん注:ママ。]、立居《たちゐ》を、自由に、いたしける。

 旅の僧、あまりにふしき[やぶちゃん注:ママ。]に思ひて、起き出して、老女に、いふやう、

「是れは。いかなる人形にて侍るや。扨々、おもしろき物なり。」

と尋ねける。

 老女のいはく、

「是れは、此《この》ばゝか[やぶちゃん注:総てママ。]細工にて、ふたつ、所持いたすなり。ほしくは[やぶちゃん注:ママ。]、遣すべし。」

と申しける。

『是れは、よきみやげなり。』

と、おもひて、風呂敷包の内にいれて、一礼をなし、あくる日、その家を、立出《たちいで》ける。

 半里はかり[やぶちゃん注:ママ。]も行くと思へは[やぶちゃん注:ママ。]、風呂敷包の内より、人形、聲を出《いだ》し、

「とゝさま、とゝさま。」

と、よぶ。

 ふしき[やぶちゃん注:ママ。]なから[やぶちゃん注:ママ。]も、

「いかに。」

と、こたふ。

「あの、むかふより來る旅の男、つまつきて[やぶちゃん注:ママ。]、ころふへし[やぶちゃん注:総てママ。]。何にても、藥を、あたへらるへし[やぶちゃん注:ママ。]。金子一步、礼を致すへし[やぶちゃん注:ママ。]。」

といふ内に、むかふから來たる旅の者、うつむきに、こけて、鼻血なと[やぶちゃん注:ママ。]、多く出したり。

 かの僧、あはてゝ介抱し、藥などあたへけれは[やぶちゃん注:ママ。]、心よくなりて、金子一步、取り出し、あたへける。

 辭退すれとも[やぶちゃん注:ママ。]

「是非。」

と、いふゆへ[やぶちゃん注:ママ。]、懷中いたしける。

 又、しはらく[やぶちゃん注:ママ。]ありて、馬にのりたる旅人、來たりけれは[やぶちゃん注:ママ。]、またまた、風呂敷の内より、

「とゝさま、とゝさま。あの旅のもの、馬より、おつへし[やぶちゃん注:ママ。]。藥にても御遣はしあるへし。銀、六、七匁、くれ申すべし。」

といふ内に、はたして、馬より落ちたり。

 とやかく、介抱いたしけれは[やぶちゃん注:ママ。]、成程、銀、六、七匁、くれたりける。

 

Ningiyounokai

 

[やぶちゃん注:底本ではここ。キャプションは、右幅は、上に僧の台詞、

   *

 ふし

  ぎな

人形の[やぶちゃん注:「の」は強調の間投助詞。]

   *

そのすぐ下に婆(母)の人形を湯浴みさせながらの、掛け声、

   *

 を

あひせて

  やろ

   *

とある。左幅には、捨てたが、追いかけて来る人形に対して、僧が、

   *

ひよんな物を

    もらふたこと

         しや

   *

「ひよんな物を貰ふた事ぢや」で、閉口し、追いかける人形の台詞が下方に、

   *

     いくたび

      すてゝも

         もは

          や

         とゝ

          さん

            の

       こなれば

        はなれは

         せ

          ぬ

   *

と、きたもんだ。]

  

 旅僧、何とやら、おそろしくおもひ、人形を、風呂敷より取出《とりいだ》し、道のはたに、捨てたりける。

 人形、ひとのことく[やぶちゃん注:ママ。]、立ちあかり[やぶちゃん注:ママ。]、幾たび、すてとも[やぶちゃん注:ママ。]

「最早、とゝさまの子なれは[やぶちゃん注:ママ。]、はなるゝ事は、なし。」

と、おひかけ來《きた》る。

 其あしの、はやき事の、飛《とぶ》かことく[やぶちゃん注:総てママ。]、終《つひ》に、迫付《おひつき》、懷(ふところ)の内にそ[やぶちゃん注:ママ。]入《いり》にける。

『珍義《ちんぎ》なるものを、もらひし事よ。』[やぶちゃん注:「珍義」見かけない熟語だが、所謂、「見たことも聴いたこともない全く以って風変わりな物」の意であろう。]

と、おもひて、その夜、又々、次の宿に泊りて、夜、そつと、起出《おきいで》て、宿の亭主に、くはしく、はなしける。

「それは、致し樣《やう》こそ侍る。明日、道にて、笠の上に乘せ、川はたにいたり、はたか[やぶちゃん注:ママ。]になり、腰たけはかり[やぶちゃん注:ママ。]の所にて、づぶづぶと、つかりて、水におほれ[やぶちゃん注:ママ。]たる眞似して、菅笠をなかし[やぶちゃん注:ママ。]給へ。」

と、をしへける。

 其あけの日、をしへのことく[やぶちゃん注:ママ。]にして、ふかゝらぬ河にて、水中に、ひさまつき[やぶちゃん注:ママ。]、笠を、そつと、ぬきければ[やぶちゃん注:総てママ。]、笠に、のりて、人形は、流れ行き、其後は何の事もなかりしと、なん。

[やぶちゃん注:文句なく、面白い怪談である。]

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