「新說百物語」巻之四 「人形いきてはたらきし事」
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
今回はここから。この篇も濁音脱落が多い。ママ注記が五月蠅いが、悪しからず。挿絵は、「続百物語怪談集成」にあるものをトリミング補正・合成して使用した。因みに、平面的に撮影されたパブリック・ドメインの画像には著作権は発生しないというのが、文化庁の公式見解である。]
人形いきてはたらきし事
ある廻國の僧なりしか[やぶちゃん注:ママ。]、東国にいたり[やぶちゃん注:ママ。]、日をくらし[やぶちゃん注:日が暮れてしまったのに、宿るに適当な寺社もなかったのである。]、㙒はつれ[やぶちゃん注:ママ。]の家に、宿をかりて、一宿いたしける。
あるし[やぶちゃん注:ママ。]は、老女にて、むすめ一人と、只、二人、くらしける。
麥の飯なと[やぶちゃん注:ママ。]、あたへて、ねさせける。
夜ふけて、老女のいふやう、
「是れ、むすめ。人形を、もて、おじや。湯を、あみせん。」
といふ。
旅の僧、
『ふしき[やぶちゃん注:ママ。]なる事を、いふものかな。』
と、ねたるふりして、見居《みゐ》たれば、納戶《なんど》の内より、六、七寸はかり[やぶちゃん注:ママ。]のはたか[やぶちゃん注:ママ。]人形、ふたつ、娘か[やぶちゃん注:ママ。]、持ち出《いで》て、老女に渡しける。
おゝきなる[やぶちゃん注:ママ。]盥(たらひ)に湯をとり、かの人形を、あみせけれは[やぶちゃん注:ママ。]、此、人形、人の如く、はたらき[やぶちゃん注:動き。]、水を、およき[やぶちゃん注:ママ。]、立居《たちゐ》を、自由に、いたしける。
旅の僧、あまりにふしき[やぶちゃん注:ママ。]に思ひて、起き出して、老女に、いふやう、
「是れは。いかなる人形にて侍るや。扨々、おもしろき物なり。」
と尋ねける。
老女のいはく、
「是れは、此《この》ばゝか[やぶちゃん注:総てママ。]細工にて、ふたつ、所持いたすなり。ほしくは[やぶちゃん注:ママ。]、遣すべし。」
と申しける。
『是れは、よきみやげなり。』
と、おもひて、風呂敷包の内にいれて、一礼をなし、あくる日、その家を、立出《たちいで》ける。
半里はかり[やぶちゃん注:ママ。]も行くと思へは[やぶちゃん注:ママ。]、風呂敷包の内より、人形、聲を出《いだ》し、
「とゝさま、とゝさま。」
と、よぶ。
ふしき[やぶちゃん注:ママ。]なから[やぶちゃん注:ママ。]も、
「いかに。」
と、こたふ。
「あの、むかふより來る旅の男、つまつきて[やぶちゃん注:ママ。]、ころふへし[やぶちゃん注:総てママ。]。何にても、藥を、あたへらるへし[やぶちゃん注:ママ。]。金子一步、礼を致すへし[やぶちゃん注:ママ。]。」
といふ内に、むかふから來たる旅の者、うつむきに、こけて、鼻血なと[やぶちゃん注:ママ。]、多く出したり。
かの僧、あはてゝ介抱し、藥などあたへけれは[やぶちゃん注:ママ。]、心よくなりて、金子一步、取り出し、あたへける。
辭退すれとも[やぶちゃん注:ママ。]、
「是非。」
と、いふゆへ[やぶちゃん注:ママ。]、懷中いたしける。
又、しはらく[やぶちゃん注:ママ。]ありて、馬にのりたる旅人、來たりけれは[やぶちゃん注:ママ。]、またまた、風呂敷の内より、
「とゝさま、とゝさま。あの旅のもの、馬より、おつへし[やぶちゃん注:ママ。]。藥にても御遣はしあるへし。銀、六、七匁、くれ申すべし。」
といふ内に、はたして、馬より落ちたり。
とやかく、介抱いたしけれは[やぶちゃん注:ママ。]、成程、銀、六、七匁、くれたりける。
[やぶちゃん注:底本ではここ。キャプションは、右幅は、上に僧の台詞、
*
ふし
ぎな
人形の[やぶちゃん注:「の」は強調の間投助詞。]
*
そのすぐ下に婆(母)の人形を湯浴みさせながらの、掛け声、
*
ゆ
を
あひせて
やろ
*
とある。左幅には、捨てたが、追いかけて来る人形に対して、僧が、
*
ひよんな物を
もらふたこと
しや
*
「ひよんな物を貰ふた事ぢや」で、閉口し、追いかける人形の台詞が下方に、
*
いくたび
すてゝも
もは
や
とゝ
さん
の
こなれば
はなれは
せ
ぬ
*
と、きたもんだ。]
旅僧、何とやら、おそろしくおもひ、人形を、風呂敷より取出《とりいだ》し、道のはたに、捨てたりける。
人形、ひとのことく[やぶちゃん注:ママ。]、立ちあかり[やぶちゃん注:ママ。]、幾たび、すてとも[やぶちゃん注:ママ。]、
「最早、とゝさまの子なれは[やぶちゃん注:ママ。]、はなるゝ事は、なし。」
と、おひかけ來《きた》る。
其あしの、はやき事の、飛《とぶ》かことく[やぶちゃん注:総てママ。]、終《つひ》に、迫付《おひつき》、懷(ふところ)の内にそ[やぶちゃん注:ママ。]入《いり》にける。
『珍義《ちんぎ》なるものを、もらひし事よ。』[やぶちゃん注:「珍義」見かけない熟語だが、所謂、「見たことも聴いたこともない全く以って風変わりな物」の意であろう。]
と、おもひて、その夜、又々、次の宿に泊りて、夜、そつと、起出《おきいで》て、宿の亭主に、くはしく、はなしける。
「それは、致し樣《やう》こそ侍る。明日、道にて、笠の上に乘せ、川はたにいたり、はたか[やぶちゃん注:ママ。]になり、腰たけはかり[やぶちゃん注:ママ。]の所にて、づぶづぶと、つかりて、水におほれ[やぶちゃん注:ママ。]たる眞似して、菅笠をなかし[やぶちゃん注:ママ。]給へ。」
と、をしへける。
其あけの日、をしへのことく[やぶちゃん注:ママ。]にして、ふかゝらぬ河にて、水中に、ひさまつき[やぶちゃん注:ママ。]、笠を、そつと、ぬきければ[やぶちゃん注:総てママ。]、笠に、のりて、人形は、流れ行き、其後は何の事もなかりしと、なん。
[やぶちゃん注:文句なく、面白い怪談である。]
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