佐々木喜善「聽耳草紙」 一三九番 座頭ノ坊になつた男
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。標題の「貉」と本文の「貉」(孰れも「むじな」でタヌキのこと)の混用はママ。]
一三九番 座頭ノ坊になつた男
或所に正直者があつた。なんぼ稼《かせい》でも善い目が出ない。何とかして運が向いて來るやうにと、淸水《きよみづ》の觀音樣へ行つて願をかけた。すると滿願の前の夜、觀音樣が夢枕に立つて、お前の願ひは木の枝を搖(ユス)ぶつても草葉の蔭を探しても叶はせ難い事だが、それでは餘りお前がふびんだから、たつた一事《ひとこと》よいことを授けてやる。明日の朝目が覺めたら御堂の高椽《かうえん》から飛下りて見ろとの御告げがあつた。男はこれはよい事を聞いたと思つて、翌朝目が覺めるといきなり御堂の高緣からぱツと飛下《とびお》りた。するとその拍子に自分の眼玉が拔け落ちた。あれやツことだと思つて大急ぎでそれを拾つて目にはめ込むと、けえツちやくれ(反對)に入れてしまつた。ところが腹の中の五臟六腑が、すつかり見えるやうになつて、それから忽ち名高い醫者となつて大層金儲けをした。
そのことを見聞(ミキキ)した隣家(トナリ)の怠者《なまけもの》は、俺もそんだらと思つて同じ觀音樣へ行つて願をかけた。すると觀音樣が滿願の前の夜夢枕に立つて、お前には草葉の蔭や石塊《いしくれ》の下を探しても授ける運とては無いが、お前もふびんだから明日の朝、御堂の高緣から飛び下りてみろとお告げになつた。これはよいことを聞いた。俺もはア隣のやうなお醫者樣になれたと思つて、夜中に搔這(カツパヘ)起きて御堂の高緣からばえら飛び下りた。するとぽつツと眼玉がぶん拔けた。それや今だと思つて狼狽(アワ)てゝ拾込《ひろひこ》むと、誤つて橡實(トチンミ)を目にはめ込んでしまつた。何のことお醫者樣になるどころか一生座頭ノ坊になつた。
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