「新說百物語」巻之一 「津田何某眞珠を得し事」
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。今回はここ。本話には挿絵はない。]
津田何某眞珠を得し事
京、蛸藥師通《たこやくしどほり》に、中頃、津田何かし[やぶちゃん注:ママ。]といふあり。
[やぶちゃん注:「蛸藥師通」ここ(グーグル・マップ・データ)。
「中頃」そう遠くない昔。]
是は、やんことなき人の孫にて侍りしか[やぶちゃん注:ママ。「しが」。]、量目《りやうもく》、四、五分《ぶ》[やぶちゃん注:約一・五~一・九グラム弱。]つゝ[やぶちゃん注:ママ。]の眞珠を、七粒、所持いたされけるか[やぶちゃん注:ママ。] 、津田氏、つねに、人にかたりて云ふ、
「我等、七歲の時、常に膳(ぜん)にすはりけるか[やぶちゃん注:ママ。] 、齒にあたるもの、あり。よくよく、みれは[やぶちゃん注:ママ。]、眞珠なり。
『貝のたぐひも喰(く)ひ侍らさる[やぶちゃん注:ママ。] に、ふしき[やぶちゃん注:ママ。] なる事かな。』
と、子供心におもひて、何心なく箱の中に、おさめ[やぶちゃん注:ママ。]置きぬ。
其後《そののち》、田舍より、京に移りて、十五歲の春、またまた、飯(いひ)の中に、眞珠、一粒、あり。よくよく、おもひ出せは[やぶちゃん注:ママ。] 、九年以前と、同月同日なり。それより、成長にしたかひ[やぶちゃん注:ママ。] 、方々《はうばう》と、旅もいたしけるか[やぶちゃん注:ママ。] 、六十歲の時まて[やぶちゃん注:ママ。] 、飯の中にて、眞珠を得ること、七粒なり。近所の老婆なと[やぶちゃん注:ママ。] は、
「舍利(しやり)ならん。」
とて、おがみける、よし。
吟味をとぐれは[やぶちゃん注:ママ。]、宝貝《たからがひ》の珠(たま)にて、まがひもなき、眞珠なり。
老後(らうご)、勢州へ隱居いたされけるか[やぶちゃん注:ママ。] 、今、その子、所持いたさるゝや、知らす[やぶちゃん注:ママ。] 。
[やぶちゃん注:これも、前話同様、創作怪談ではなく、著者の知人である津田氏から直(じか)に聴き、現物をも見て検証した、市井の奇談である。
「宝貝の珠(たま)」この「宝貝」は現在の種群としてのタカラガイ塁ではなく、生きた貝類の体内に入った異物により発生する粒状・石状の体内奇形物の中で、光沢を持った真珠層らしきものを表面に持つものである。私は光沢のない白い粒状のそれならば、ハマグリ・マガキ・ホタテを食している時に噛み当てたことが、四度あり(現在もそれらは所持している)、アワビの殻の内側に光沢質を持った小指の頭ほどの球状物質も見つけたことがあるから(これは、連れ合いと訪れた伊豆の温泉旅館の膳でのことで、うっかりして持ち帰らず、所持していない)、それほど珍しいものではない。但し、この話、孰れも時も、貝類を食していないのに、食事の中に見出だしているようにあるのは、奇異で、しかも初回と二回目は同月同日というのは、頗る怪しい出来事である。というより、この二回は、家内の親族或いは下男下女が入れ込んだものと推定される。一種の縁起物としてか、或いは、他愛のない悪戯であろう。三度目以降は、同月同日とは言っていないし、旅先などでの体験らしいから、私の以上の五回の経験からも(私は現在六十六歳である)、全く以って、異様なことではない。]
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