佐藤春夫譯「支那厯朝名媛詩鈔 車塵集」正規表現版 「怨ごと」景翩翩
[やぶちゃん注:書誌・底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここ。]
怨 ご と
豈 曰 道 路 長
君 懷 自 阻 止
妾 心 亦 車 輪
日 日 萬 餘 里
景 翩 翩
通ひ路いかで遠からむ
みこころゆえぞ通はざる
わが思ひこそめぐる輪の
日日に千里をたどれるを
※
景翩翩 十六世紀中葉。 明朝。 建昌の妓女。 字は三昧(さんまい)。 四川の人。 閩人(びんじん)といふのは誤であるらしい。 後に嫁して丁長發の妻となつたが、丁は人の爲めに誣(し)ひられて官に訴へられた時、景は竟(つひ)に自ら縊(くび)れた。その集を散花吟と名づけたといふのが、讖(しん)をなしたかとも思へて悼ましい。 才調の見るべきものがあると思ふ。
※
[やぶちゃん注:「景翩翩」は「けいへんへん」と読む。
「ゆえ」はママ。講談社文芸文庫版では『ゆゑ』と訂されてある。
「閩人」福建省の古い呼称が「閩」で、そこ出身の人。
「讖」予言。予兆。ここは凶兆。
・「怨ごと」講談社文芸文庫版では、「怨(か)ごと」とルビが振られてある。「託言(かごと)」で、「言い訳・口実」、「不平・愚痴・恨み言(ごと)」。ここは後者。
・「通はざる」「かよはざる」。「私のところへはやって来られないのですね」の意。
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本篇は邦文記事には見当たらない。中文(繁体字版)のサイト「中華古詩文古書籍網」の「景翩翩的詩詞全集」のこちらで発見した。標題は「怨辭」で二首の其の一である。推定訓読を示す。
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怨辭(ゑんじ)
豈に曰(い)ふに路の長きを道(い)はんや
君が懷(おも)ひの 自(みづか)ら 阻(さまた)げて止(や)めん
妾(わらは)が心は 亦(また) 車の輪にして
日日(ひび) 萬餘里たり
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