「新說百物語」巻之三 「槇田惣七鷹の子を取りし事」
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
今回はここから。本篇には挿絵はない。この篇も濁音脱落が多い。ママ注記が五月蠅いが、悪しからず。]
槇田惣七鷹の子を取りし事
都の西、嵯峨の邊に、纖田惣七といふ浪人あり。
常に山㙒にいたり、殺生なと[やぶちゃん注:ママ。]しけるが、山城と丹波のさかひに俗に、「龍門」といふ所あり。
其所に、殊にすくれ[やぶちゃん注:ママ。]ておゝき[やぶちゃん注:ママ。]なる大木の松あり。
その梢に、ひとつの鷹、巣を作りて、子を、うみける。
惣七、その鷹の子を、ほしく思ひけれとも[やぶちゃん注:ママ。]、大木の事なれは[やぶちゃん注:ママ。]、是非なく、杣人《そまびと》を、やとひて、其子をとらせ、持《もち》かへりて、そたて[やぶちゃん注:ママ。]ける。
又、あけの日、其所にいたりてみれは[やぶちゃん注:ママ。]、彼《かの》親鷹、物かなしくなきて、巣をめくり[やぶちゃん注:ママ。]て、かなしむけしきなり。
歸りて、友たちなとかたりけれは[やぶちゃん注:総てママ。]、一人のいふやうは、
「鷹の子を取りては、そのあとヘ、紅(へに[やぶちゃん注:ママ。])の手拭(てぬくひ[やぶちゃん注:ママ。])を、かはりに、いれをく[やぶちゃん注:ママ。]ものなり。さすれは[やぶちゃん注:ママ。]、親鷹、尋ねす[やぶちゃん注:ママ。「尋ねず」で「所在のわからなくなったものをさがし求めようとはしない。」の意。]。」
と、かたりけれは[やぶちゃん注:ママ。]、又々、杣人を、やとひて、紅の木綿《もめん》を、三尺斗《ばかり》入れ置《おき》たり。
其日より、彼《かの》親鷹、いつかた[やぶちゃん注:ママ。]へやらん行きて、かなしむ声も、やみにける。
そのゝち、十日はかり[やぶちゃん注:ママ。]も過きて[やぶちゃん注:ママ。]、惣七、ふと、表へ出《いで》けれは[やぶちゃん注:ママ。]、鷹、一羽、來たりて、何やらん、口に、くはへ、家のうへを、幾《いく》かヘりも、飛《とび》めくり[やぶちゃん注:ママ。]て、惣七か[やぶちゃん注:ママ。]前へ、くはへし物を、落して、そのまゝかへり、いつかた[やぶちゃん注:ママ。]へとも、しらす[やぶちゃん注:ママ。]なりにけり。
その物を、取上《とりあげ》みれは[やぶちゃん注:ママ。]、さいせん[やぶちゃん注:ママ。「最前」。]、巢の内へ、いれをき[やぶちゃん注:ママ。]し、紅の手拭に、琥珀(こはく)を、つゝみて、おとしたり。
悬目《かけめ》六十匁ありけるよし。[やぶちゃん注:「悬」は「懸」の異体字。「掛目(かけめ)」で秤(はかり)にかけて量(はか)った正確な重さ。「量目」(りょうめ)。当初、「鳥目」(てうもく(ちょうもく))と判読したが、「鳥目」は「銭」(ぜに)の意で、「重さ」の意はないので、不審に思い、「続百物語怪談集成」を見たところ、この「悬」の異体字で「グリフウィキ」のこちらが当ててあったことから、「懸」の異体字を調べたところ、確かにこれに酷似するものが、あった。「懸」としてもいいと思ったほどだが、ここは以上の判読の経緯を示して、かく表字しておいた。「六十匁」は二百二十五グラムである。]
何《いづ》かたより、取り來たりけるやらむ、極上の琥珀のよし。
その琥珀を見たる人、かたり侍る。
[やぶちゃん注:実話仕立てであるが、また聴きで、信憑性は下がる。また、何故、子を捕られた鷹が、この槇田に琥珀を届けた真意が、如何なる辻褄を以ってしても、解明出来ず、仮に奇談実話としても、肝心な核部分が全くのブラック・ボックスで、何やらん、読後の消化が悪いのである。異類のやることは人知では解明出来ないなどと言われても、やはり、因果的でも科学的でも似非科学的でもよいから、そこを示すか、嗅がせてこその怪奇談であろう。作者にこれを話した人物のデッチアゲの変奇創作だったとしても、どうも一抹の、その人物の人間としての偏頗したキビの悪さが、いっかな、拭えないのである。]
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