「新說百物語」巻之一 「夢に見たる龍の事」
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
今回はここ。本篇には挿絵はない。]
夢に見たる龍の事
伏見の町に伊藤氏なる医者ありける。
その母なりける人、我が家の緣の下より、龍の天にのぼる、といふ事を、夢に見たりけれども、只、何の心もつかす[やぶちゃん注:ママ。] 、打過《うちすぎ》たりけるに、又の夜も、又の夜も、打《うち》つゞきて、夢に見ける。
そのあさ、何心なく庭に出《いで》けるか[やぶちゃん注:ママ。]、ふと、夢の事を、おもひ出して、緣の下をなかめけれは[やぶちゃん注:二箇所ともママ。]、何やらん、
「きらきら」
と、ひかるもの、あり。
ふしき[やぶちゃん注:ママ。]に思ひて、つちを拂(は)らひて見けれは[やぶちゃん注:ママ。]、金の龍の目貫(めぬき)、かたし、拾ひ出したり。
[やぶちゃん注:「目貫」小学館「日本大百科全書」の「目貫」によれば、刀剣の柄(つか)に附ける装飾金具(柄の表裏(左右のこと)に二つ附ける)。「目抜」とも書く。普通、その上を柄糸(つかいと)で巻くが、巻かないものは「出(だし)目貫」と称する。本来は刀剣の茎孔(なかごあな)へ通して柄を留める目釘(めくぎ)の上を飾ったもの(「目」は「孔」のことで、「これを貫く」の意)であったが、近世に入って、目釘と目貫は分離し、目貫は刀装(拵(こしらえ))の装飾を専らとするようになった。室町後期に装剣金工を業とする後藤家が出現して以来のもので、獅子・虎・龍又は家紋などの意匠が多く見られる、とある。リンク先に太刀・刀剣の部分名称の画像があるので参照されたい。
「かたし」片方。]
近所の者にも見せ、又は、知人に、みなみな、見せけるか[やぶちゃん注:ママ。] 、其細工のたゝならぬ[やぶちゃん注:ママ。]さま、いきたることく[やぶちゃん注:ママ。]にて、誠に夢に見たる龍に、すこしもかはらす[やぶちゃん注:ママ。]。
常々、我《わが》張箱(はりはこ)に、いれをきける。
[やぶちゃん注:「張箱」(「はりばこ」が正しい)厚紙で作った芯材となる箱に、様々な色・雰囲気の貼り紙(化粧紙)を貼り付けて作った化粧箱。]
七、八年もすきて[やぶちゃん注:ママ。]、其人、身まかりけるか[やぶちゃん注:ママ。]、そのあけの日より、彼《かの》目貫、かいくれ[やぶちゃん注:全く。]、見えす[やぶちゃん注:ママ。]。
いかやうに吟昧すれとも[やぶちゃん注:ママ。]、ふたゝひ[やぶちゃん注:ママ。]出《いで》さりける[やぶちゃん注:ママ。]。
その夜、殊の外、大夕立《おほゆふだち》にて、
「葭島(よしじま)といふ所より、龍の、天上したる。」
と、遠方より申しける。
「若(もし)も、其《その》龍にや。」
と、みなみな、申しける。
その人の子は、まさしく、我《わが》かたに常に來たるものなり。直(ぢき)にかたりける。
[やぶちゃん注:またしても、同時制の、つい最近の奇談・都市伝説である。
「葭島」現在の京都府京都市伏見区葭島金井戸町(よしじまかないどちょう)附近(グーグル・マップ・データ)。]
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