「近代百物語」 巻五の三「悲を感ずる武士の返礼」 / 「近代百物語」電子化注~完遂
[やぶちゃん注:明和七(一七七〇)年一月に大坂心斎橋の書肆吉文字屋市兵衛及び江戸日本橋の同次郎兵衛によって板行された怪奇談集「近代百物語」(全五巻)の電子化注である。
底本は第一巻・第三巻・第四巻・第五巻については、「富山大学学術情報リポジトリ」の富山大学附属図書館の所蔵する旧小泉八雲蔵「ヘルン文庫」のこちらからダウン・ロードしたPDFを用いる。しかし、同「ヘルン文庫」は、第二巻がない。ネット上で調べてみたが、この第二巻の原本を見出すことが出来ない。そこで、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載るもの(底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていないことが判ったばかりであった)を底本として、外の四巻とバランスをとるため、漢字を概ね恣意的に正字化して用いることとした。なお、「続百物語怪談集成」からその他の巻もOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
なお、本篇を以って「近代百物語」は終わっている。]
慈悲を感ずる武士の返礼
今はむかし、丹後のみや津に、「もめんや藤兵衞」といふ人あり。生れついての実氣(じつき)もの[やぶちゃん注:誠意や親切心に富んだ者。]、人にそむかず、人をあはれみ、万事、正路(しやうろ)[やぶちゃん注:正直。廉直。]にくらせしが、あるとき、家業のもめんの買(かひ)出し、春部(はるべ)の村に、ゆきけるが、麥かる男、六、七人、
「うちころせ、ふみころせ。」
と、何かはしらず、立ちつどふ。
藤兵衞、はるかにこれを見て、
「何事やらん。」
と、はしりゆき、たちより見れば、小狐(こきつね)の、わなにかゝりて、くるしめり。
藤兵衞、見るにたへがたく、分け入りて兩手をつき、
「定めて、にくきやうすありて、かやうに打擲(てうちやく[やぶちゃん注:ママ。])なさるゝならん。さりながら、ものゝいのちを取る事は、大ひ[やぶちゃん注:ママ。]なる罪ぞかし。我ら、ひとへに[やぶちゃん注:ひたすら。全く以って。]申しうけ、かさねて𢙣事(あくじ)を、いたさぬやうに、いひ聞かせて、にがすべし。とかくに、ゆるしたまはれ。」
と、おもひ入りての、ひら望み。
農民(ひやくしやう)ども、口々に、
「こなたは、いづくの人なれば、せつかくとらへし狐めを、『たゞ、くれい。』との無理のぞみ。それほど、ほしくば、買(かは)しやれ。」
と、にがさんけしき、見へざれば、藤兵衞は、よろこびて、
「先(まづ)もつて、かたじけなし。價(あたひ)は、何《いか》ほど、しんじ申さん、仰せられよ。」
と、たづぬれば、
「にくき狐め、うちころし、皮(かは)引(ひつ)ぱがんとおもへども、こなたの、のぞみも、もだしがたし。壱〆文(《いつ》くはんもん)で負(まけ)ませふ[やぶちゃん注:ママ。]。」[やぶちゃん注:「壱〆文(くはんもん)」は漢字も読みもママ。但し、「貫」に「〆」の字を当てることは古文書でも多く見られるので誤りではない。]
と、傍若無人の、見かけあきなひ。
藤兵衞は、うれしげに、ふろしき、とひて、錢、とり出だし、
「サアうけ取りて下され。」
と、狐を、いだき、四、五町[やぶちゃん注:約四百三十六~五百四十五メートル。]も立《たち》わかれて、四方(《し》ほう[やぶちゃん注:ママ。])をながめ、
「こゝにや、にがさん、かしこにや、」
と、見やるむかふにくる人は、三十ばかりの壯士、内儀と見へて、女中をともなひ、家僕にもたせし食籠(じきろう)は㙒(の)あそびのかへりがけ。
藤兵衞に、ちかづきより、
「ふしぎや、御身は、きつねをいだき、何ゆへ[やぶちゃん注:ママ。]こゝに居(い[やぶちゃん注:ママ。])給ふぞ。いぶかしさよ。」
と、問(とひ)かくれば、藤兵衞は、うちわらひ、
「きやつ、あの村にて、わなかゝり、農民ども、よりあつまり、打ちころさるゝその所へ、わたくし、不慮(《ふ》りよ)にまいり、あはせ、壱〆文に、相もとめ、たゞ今、こゝにつれ來たり、にがしてやらんと、ぞんずるところ。」[やぶちゃん注:「きやつ」はママ。「彼奴」としても、どうも、しっくりくる語ではない。しかし、他に読みようがなく、「続百物語怪談集成」でも同じ字起こしである。「さつき」(「さっき・先程」の意。)の彫り誤りかも知れない。]
と、かたれば、士(さふらひ)、手をうつて、
「おどろき入《いり》たる御仁心(《ご》じんしん)、ちくしやうなれども、こゝろあれば、さぞや、よろこび申すべし。さいわひ[やぶちゃん注:ママ。]、こゝは、人もなく、はなちてやるは、きどくの場所、かゝるきどくの御人、へお目にかゝるは、拙者が大慶(たいけい)、にがさせたまへ。」[やぶちゃん注:「きどく」「奇特」の古い読み。非常に優れているさま。「ちょうどいい」の意。]
と、すゝむるにぞ、内儀も、ともども、うれしげに、
「人間の子をおもふも、きつね・たぬきの子をおもふも、すこしも、ちがひは、あるべからず。さぞ、うれしかろ、可愛(かあい)や。」
と、菓子など、とらせて、なで、さする。
藤兵衞は、小狐に、
「かならず、かならず、村へ出て、わるい事を仕(し)やるなへ[やぶちゃん注:ママ。]。ころされたら、なんとする。千ねんも生きのびよ。はやふ[やぶちゃん注:ママ。]、住所(すみか)へ、たちかへり、親どもへ、たいめんせよ。」
[やぶちゃん注:同じく富山大学附属図書館の所蔵する旧小泉八雲蔵「ヘルン文庫」からトリミングした。キャプションは、
*
ちく類(るい[やぶちゃん注:ママ。])
恩(おん)を知(し)る事
人に替(かは)]らず
さすればあだを
報(ふく)することも同(おな)し
かるべし無益(むえき)の
事に物の
命(おいのち)を
取(とる)べ
から
ず
《左の小狐を抱いた藤兵衛の足元にある彼の台詞。》
これはにが
してやり
ま
す
《右手の土下座する武士と内儀(既に正体が判るように二人に尾が描かれてある)の台詞。》
御ありがたふ[やぶちゃん注:ママ。]
ござります
*]
と、はなせば、きつねは尾をふりて、草のしげみに、にげてゆく。
藤兵衞は、こゝちよく、
「あれ、御らんなされませ、うれしそふ[やぶちゃん注:ママ。]に、かへります。」
と、ふりあをのけば[やぶちゃん注:ママ。]、さぶらひ夫婦、つちに、手を、つき、かしらを、さげ、
「まことは、われわれ、人間、ならず。おはなちなされ下されしきつねがふたおや、これなる奴子(やつ《こ》)は、かれが兄、御仁心に、いのちをたすかり、御厚恩とも、大おんとも、ことばにあまる御なさけ。お禮は、かさねて、申しあげん。いざ、おいとま。」
との聲のした、三人ともに、きつねと現(けん[やぶちゃん注:ママ。])じ、とんづ、はねつの、四疋づれ、いづれも、一度に、手をあはせ、ふしおがみ[やぶちゃん注:ママ。以下は底本では踊り字「〱」。]、ふしおがみ、すがたをかくし、うせければ、藤兵衞は、ゆめ見しこゝち、はじめて見たるきつねの妖怪、人にも、かたらず、くらせしが、次㐧(しだい)に、あきなひ、はんじやうして、一ねんばかりに、家、とみさかへ、ひゝきの、撥(ばち)に、おふずる[やぶちゃん注:ママ。「應(わう)ずる」だろう。]、さいわひ[やぶちゃん注:ママ。]。
藤兵衞は、こゝろづき、
「これぞ、きつねの、へん礼ならん。」
と、やしきのうちに、一社をこんりうすれば、いよいよ、まさる家内の、にぎはひ。
たからを、子孫に、のこしける。
[やぶちゃん注:同じく富山大学附属図書館の所蔵する旧小泉八雲蔵「ヘルン文庫」からトリミングした。キャプションは、
*
いなりの
社(やしろ)方〻(ほうほう[やぶちゃん注:ママ。])
に
出(で)き
たる
は
おの
づから
神德(しんとく)
も
有べ
し
《神主の台詞。》
大ぶんの
さんけい
じや
《中央下方にある台詞。これは、鳥居の前に、しゃがんで手を合わせている老婆の台詞であろう。而して、その右隣で同じようにしゃがんで手を合わせているのが、その孫なのであろう。》
まごめが
ふくを
ねかひ[やぶちゃん注:ママ。「ねがひ」。]
ます
*
これは、藤兵衛の家内の稲荷社ではなく、一般の稲荷神社の景である。]
五之巻大尾
明和七【庚寅】年 正月吉旦
大坂心齋橋南ヘ四丁目
吉文字屋市兵衞
書肆 江戶日本橋南三丁目
同 次郞兵衞
[やぶちゃん注:「【庚寅】」は原本では【 】なしで左右に並ぶ。]
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