佐藤春夫譯「支那厯朝名媛詩鈔 車塵集」正規表現版 「むつごと」子夜
[やぶちゃん注:書誌・底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここ。]
む つ ご と
芳 是 香 所 爲
冶 容 不 敢 當
天 不 奪 人 願
故 使 儂 見 郞
子 夜
紅(べに)おしろいのにほふのみ
色も香もなきわれながら
願ひ見すてぬ神ありて
わが身を君に逢はせつる
[やぶちゃん注:既に出た「女ごころ」と同じ「子夜」歌群の一つ。以上の原詩は、所持する岩波文庫の松枝茂夫編の「中国名詩選」の「中」(一九八四年刊)を参考に訓読文と注を示す。
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子夜歌
「芳(はう)」は是れ 香(かう)の爲(な)す所
「冶容(やよう)」は 敢へて當らず
天は 人の願ひを奪はず
故(ゆゑ)に 儂(われ)をして郞(らう)に見(まみ)えしむ
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これは、松枝氏によれば、これは「子夜歌」群の中の、男(に成り代わって詠んだ)の詠である、
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落日出前門
瞻矚見子度
冶容多姿鬢
芳香已盈路
落日 前門に出でて
瞻矚(せんしよく)するに 子(し)の度(わた)るを見る
冶容(やよう) 姿鬢(しびん)多く
芳香(はうかう) 已(すで)に路(みち)に盈(み)てり
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に応じた女の歌とされる。一種の歌垣、相聞歌である。「瞻矚」「見る・見つめる・眺め渡す」の意。「冶容」は艶(あで)やかな姿や容貌の意。「姿鬢」は今枝氏の注に、『「姿首」「姿髪」ともいう。特に女の髪の美しさをいうのだろう』とある。
・「儂」松枝氏の注に『呉の方言でわたし。男女ともに用いる自称』とある。
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「むつごと」「睦言」原義は「仲よく語り合う会話」だが、特に男女の閨(ねや)での語らいを指す。]
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