佐藤春夫譯「支那厯朝名媛詩鈔 車塵集」正規表現版 「そゞろごころ」馬月嬌
[やぶちゃん注:書誌・底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここ。]
そゞろごころ
竹 榻 淸 人 夢
花 香 媚 酒 杯
覽 來 有 幽 趣
明 月 滿 妝 臺
馬 月 嬌
夢こそ淸けれ竹の寢椅子に
杯あまけれ花のかほりに
目ざめてそぞろに樂しからずや
月かげさやかに櫛笥(くしげ)を照らせり
※
馬 月 嬌 趙今燕と同じ時代、同じく秦淮に、同じやうに名を馳せた名妓である。 名を守貞といふ。 容貌は大して美しいという程ではなかったが、風流でまた豪俠の氣質の愛慕すべきものがあった。 又、湘蘭と號して善く蘭を畫(ゑが)き一家の風格を得た。 その名は海外まで聞え當時シヤムの使節が來朝した時にその畫扇を得て歸つたといふ。
※
[やぶちゃん注:「杯」は音律から「さかづき」と訓じていよう。
「櫛笥」櫛や化粧用の道具を入れておく箱。原詩の「妝臺」も「化粧台」の意である。
「趙今燕」先行する「行く春の川べの別れ」を参照されたい。
「同じ時代」リンク先で『十六世紀中葉』『明朝萬曆年間』とする。「萬曆」は明の第十四代皇帝神宗の在位中に使われた元号で、一五七三年から一六二〇年まで。
「秦淮」六朝時代の首都南京の近くを流れる川名(秦代に開かれた運河)。両岸には酒楼が多く、今に至るまで、風流繫華の地である。
「シヤム」シャム。漢名「暹羅」。タイ王国の旧名。
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原詩のフレーズでいろいろ調べてみたが、遂に見当たらなかったので、標題は不明である。推定訓読する。
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竹榻(ちくたう) 淸(きよ)き人の夢
花香(くわかう) 媚酒(びしゆ)の杯(はい)
覽來(らんらい) 幽趣(いうしゆ)有り
明月(めいげつ) 妝臺(しやうだい)に滿(み)つ
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