「新說百物語」巻之五 「肥州元藏主あやしき事に逢ひし事」
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
今回はここから。この篇も濁音脱落が多い。ママ注記が五月蠅いが、悪しからず。
なお、「藏主」(歴史的仮名遣「ざうす」・現代仮名遣「ぞうす」)は、本来は「経蔵を管理する僧」を指すが「出家した僧」の意であり、「元藏主(げんざうず)」で固有僧名である。]
肥州元藏主あやしき事に逢ひし事
肥後の國に、元藏主といふ僧あり。或時、旦那の方より、亡者ありて、葬礼をいたしけるか[やぶちゃん注:ママ。]、寺にて、引導のときにいたりて、死人《しびと》、棺の内より、
「すつくり」
と、立ちたり。
元藏主、是れを見れとも[やぶちゃん注:ママ。]、すこしも、さはかす[やぶちゃん注:総てママ。以下も同じ。]、居《ゐ》たりけるに、かたはらの僧、
「死人、立《たち》申《まふし》たり。」
と申しけれは[やぶちゃん注:ママ。]、元藏主、是れを、
「はつた」
と、ねめつけ、すこしも、さはかすして、側(そば)に、燒香箱《しやうかうばこ》もち居たりける小僧のあたまを、扇を持《もち》て、
「はた」
と、打ちけれは、彼《かの》死人、もとのことく[やぶちゃん注:ママ。]に、たをれ[やぶちゃん注:ママ。]ける。
其後、さまさま[やぶちゃん注:ママ。後半は踊り字「く」。後も同じ。]、佛事をなして、何のさはりも、なかりけるが、一七日《ひとなぬか》過きて[やぶちゃん注:ママ。]、ある夜、死人、元藏主の座敷に來たりて、
「さまさまの御とむらひ、ありかたく[やぶちゃん注:ママ。]こそ存し[やぶちゃん注:ママ。]奉る。御礼のために、今度《このたび》、御くに、𢝝《へだた》り申すなり。此以後とても、かやうの事もあるへき[やぶちゃん注:ママ。事なり。必す[やぶちゃん注:ママ。]、その死人の㒵《かほ》は、御らんあるまし[やぶちゃん注:ママ。]。」
と申しける。
元藏主、後にかたられけるは、
「成る程、その㒵、ゑ[やぶちゃん注:ママ。不可能の呼応の副詞「え」の誤記。]もいはれぬ㒵にて、おそろしきもの也。」
と申されし。
是《これ》は、小僧の、『こはき、こはき、』と思ひし一念にて、引き出《いだ》したるものなりと、すいりやうし、扇ににてたゝかれしものなり。
頓智の僧にて、ありしなり。
[やぶちゃん注:「御くに、𢝝《へだた》り申すなり」「𢝝」は「懸」の異体字で、「懸」には「隔てる・かけ離れる」の意があるので、かく訓じておいた。「御國、懸(へだ)たり申すなり」で、「現世を隔てた、あの世に参ることとなり申しました」の意で採ったものである。但し、底本のこの崩し字部分(左丁一行目五字目)は、「懸」の崩し字と採っても問題はない(「人文学オープンデータ共同利用センター」の「「懸」(U+61F8) 日本古典籍くずし字データセット」の頭の画像を参照されたい)。ただ、「続百物語怪談集成」の本文がわざわざ、この漢字を「グリフウィキ」のこの同じ「懸」の異体字((上)「県」+(下)「心」の字形。電子活字では表字不能)で起こしておられたいので、敢えてそれに近い異体字を選んだまでである。]
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