佐々木喜善「聽耳草紙」 一四〇番 座頭ノ坊が貉の宿かり
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここ。標題の「貉」と本文の「貉」(孰れも「むじな」でタヌキのこと)の混用はママ。]
一四〇番 座頭ノ坊が貉の宿かり
或時、座頭ノ坊樣が廣い野原で日が暮れて、[やぶちゃん注:底本は句点だが、「ちくま文庫」版で訂した。]行つても行つても家が一軒あるでなし、これは何(ナゾ)にしたらよかべと思つて、思案に暮れて行くと、ひょツくりと一軒家にたどり著いた。そこで俺は旅の盲目坊だが、一夜の宿をかしてたんもれと賴むと、其家の人は喜んで泊めた。そして、坊樣々々、さあさ早く此方《こつち》さ上つて休みなさいと言はれて、廣い座敷に上げられた。
とにかく定通(オキテトホ)りの宿語りを、ろれんろれんと一くさり語り終つて寢たが、どうも其座敷が奇態な匂《にほひ》で、氣が落著《おちつ》けなかつた。それに不思議と思へば、足洗ひ湯も汲んで出さなかつた。ハテ奇態だなアと思つて、夜半にソロツと起き出して、座敷の彼方此方(アツチコツチ)を探つて見ると、案の定、疊の緣(ヘリ)がなく、のツペりとした澁紙のやうな物で、しかも柔らかで溫味《ぬくみ》のあるものであつた。
是は只事《ただごと》ではないと、背負荷《せおひに》から小刀を取り出して、カリリツと疊を切り裂いた。すると其座敷がゴロリと澤《さは》へ轉がり落ち、坊主は野中の草ツ原へ張飛《はりと》ばされた。狢の睾丸《きんたま》に泊つて居たのであつた。
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