「新說百物語」巻之二 「天井の龜の事」
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
今回はここから。本篇には挿絵はない(次の見開きの絵は本篇と関係がない)。この篇も濁音脱落が多い。ママ注記が五月蠅いが、悪しからず。]
天井(てんじやう)の龜の事
山城の岡崎といふ所に、ふるく住《すみ》なせる庵室(あんじつ)あり。その庵主は、西國の人にて、若年ものなりしか[やぶちゃん注:ママ。]、ゆへ[やぶちゃん注:ママ。]あつて出家し、京の知るへ[やぶちゃん注:ママ。]を賴み、久々、京都に住けるか[やぶちゃん注:ママ。]、右の庵の、
「賣屋敷に出る。」
と聞きて、さつそくにとゝのヘ、庭のまかき[やぶちゃん注:ママ。]など、つくろひ、屋根も、ふるくなりけれは[やぶちゃん注:ママ。]、屋根やを呼び、ふかせける。
一兩人、やね、あかり[やぶちゃん注:ママ。]、古屋根を、めくり、とかくする内に、鳶(とび)、一羽、來たり、空より、物を、屋根のうへに、落したり。取《とり》あけてみれは[やぶちゃん注:孰れもママ。]、ちいさき錢龜《ぜにがめ》なり。
夕かた、歸るさに、[やぶちゃん注:ここ以下の部分の主語は、その亀を見つけた屋根葺きの職人の一人である。]
「持ちて、かへらん。」
と、下を、のぞけば、天井のうへに、われたる壷、ひとつ、ほこりにうつみて[やぶちゃん注:ママ。]、是あり。
其内へ、いれをき[やぶちゃん注:ママ。]、やねをふきて、其龜のことを、わすれ、ことこと[やぶちゃん注:ママ。後半は底本えは踊り字「〱」。]く、ふきしまひ、何方《いづかた》よりも取るへき[やぶちゃん注:ママ。]かたなく、其まゝ、打ち捨てゝかへりぬ。
其後、十五年すきて[やぶちゃん注:ママ。]、寶曆[やぶちゃん注:一七五一年から一七六四年まで。]のはしめつかた[やぶちゃん注:ママ。]、又、其庵のやねを吹き[やぶちゃん注:ママ。]かへける時、彼《か》の屋根や、むかしの事を、おもひ出し、天井のうへを、のそき[やぶちゃん注:ママ。]見れは[やぶちゃん注:ママ。]、やはり、其壷、そのまゝにて、ありける。
ほこりの中を、さかしてみれは[やぶちゃん注:総てママ。]、以前、入置《いれお》きし龜も、居たりける。
ふしき[やぶちゃん注:ママ。]に思ひて、敢《とり》あけみれは[やぶちゃん注:総てママ。]、少しは、やせたるやうなれども、目も、ひらき、手あしも、うこき[やぶちゃん注:ママ。]ける。
手桶の水に、いれけれは[やぶちゃん注:ママ。]、しつかに[やぶちゃん注:ママ。]およき[やぶちゃん注:ママ。]て、むかしに替ること、なし。
取《とり》かへりて、泉水に、はなちをき[やぶちゃん注:ママ。]、はつかばかりして、見ければ、成程、よく肥(こ)へ[やぶちゃん注:ママ。]て、常の龜のごとし。
「誠に。龜は、長生のものなり。」
と、始《はじめ》て思ひあたりける。
十五年の間、水も、のまずして、命のつゞく事、靈物(れいぶつ)のしるしなり。
[やぶちゃん注:「錢龜」爬虫綱カメ目潜頸亜目リクガメ上科イシガメ科イシガメ属クサガメ Mauremys reevesii(草亀・臭亀)、又は、カメ目イシガメ科イシガメ属ニホンイシガメ Mauremys japonica(日本石亀)の幼体。愛玩動物の一つとして、江戸時代以前から飼育されている歴史がある。]
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