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2023/06/28

佐々木喜善「聽耳草紙」 一三八番 貉堂

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。標題の「貉」と本文の「貉」(孰れも「むじな」でタヌキのこと)の混用はママ。]

 

      一三八番 貉 堂

 

 上鄕《かみがう》村(上閉伊郡)大字板澤《いたざは》に曾源寺《さうげんじ》と謂ふ寺がある。昔この寺がひどく荒廢して、住持も居《を》らないことがあつた。

 或日此邊ヘ一人の旅僧が來て、寺の近くの農家に泊つた。そして夜其所の主人(アルジ)から、この近くにも寺はあるが、不思議なことには來る住持も來る住持も、皆一夜のうちに行衞不明になつて、今では誰《たれ》一人寺を守る者もなく建物なども荒れほうだいにしてあると謂ふことを聽かされた。旅僧はハテ不思議なこともあればあるものだ。よしそれでは明日俺が其寺へ行つて見て、若《も》し化物でも居《を》つたら退治してやると言つた。そして其夜は寢た。

 翌日旅僧が山の麓の荒寺《あれでら》へ行つて見ると、本堂に一人の爺樣が寢て居た。なんぼ呼んでもその爺樣は眼を覺まさなかつた。旅僧は仕方がないから一寸宿へ歸つて、また行つて見ると、まだその爺樣は寢て居た。また夕方行つて見ると、まだ爺樣は目を覺まさなかつた。さうして遂々《たうとう》二日二夜、打通(ブツトウ)しで眠り續けて居た。三日目の朝になると、その爺樣はやつと目を覺まして、旅僧に言ふには、俺もとうとう[やぶちゃん注:ママ。]お前樣に本性を看破《みやぶ》られた。俺はお前樣の察する通り年久しくこの寺に住む古狢《ふるむじな》だ。そして住持を食ひ殺すこと七人、魔法で人を誑《たぶら》かした事は數知れない。けれどもお前樣に看破られたので俺の天命も盡きたから、一つ俺の技倆を觀《み》せてやる。俺は今此所に、釋迦の檀特山《だんとくさん》の說法の有樣《ありさま》を目《ま》の當りに現はして見せるからよく見ろ、その代り念佛は忘れても[やぶちゃん注:ここは「決して」の意。]唱へてはならぬぞと言つた。そして旅僧の目の前に忽然と、恰度《ちやうど》極樂繪圖を眞實にしたやうな景色(ケイシヨク)を現はした。旅僧はお釋迦樣やその他の尊者達が皆御光を射して、雲に乘つて靜々と現はれたのに、合掌して、貉の言葉も忘れて思はず、念佛申すと、その景色は忽ちペカリと搔き消えた。そして自分は破れた檀の前に座つて居た。

 旅僧は夢から覺めたやうな心持ちで、ぼんやりして居ると、ポタリと屋根から一滴の水が落ちて來た。すると忽ちに大雨が降つて來て、見て居る間《ま》に大洪水となつた。そして見渡す村々もことごとく水の下になつた。そして寺も既にハヤ押流《おしなが》されそうに[やぶちゃん注:ママ。]、グワラグワラと震《ゆ》れ動いて來た。旅僧はこれは何のことだ。大變だと思つて居ると、西と東の山蔭から多くの軍船が起り出てひどい船戰《ふないくさ》となつた。そこで旅僧も初めて、ははアこれは狢の惡戲《いたずら》だなアと思つて、印を結んで九字を切ると、ざあツと水が引いた。それと同時に屋根の上でギヤツといふ叫び聲がしたかと思ふと、大きな狢がごろごろと轉び落ちて斃《たふ》れた。村の人達はそれを狢寺《むじなでら》の境内に埋めて堂を立てた。それが今もある狢堂である。

  (鈴木重男氏から聽いた資料の四に據る。
   傳說には、此旅僧は遠野鄕の佛敎開弘で
   有名な無盡和尙だと謂ふ。)

[やぶちゃん注:本話と同類のもの(幻術部分は極端に短縮されている)が、国立国会図書館デジタルコレクションの柳田国男著「遠野物語」増補版(昭和一〇(一九三五)年郷土研究社)の「貉堂」の「一八七」で視認出来る。

「上鄕村(上閉伊郡)大字板澤に曾源寺と謂ふ寺がある」現在の岩手県遠野市上郷町(かみごうちょう)板沢にある曹洞宗滴水山曹源寺(そうげんじ:グーグル・マップ・データ航空写真。以下無指示は同じ)。なお、サイド・パネルのこちらの説明版画像で、新字新仮名(割注有り)で先のリンク先の内容が読める。

「無盡和尙」無尽妙什和尚。遠野にあった「附馬牛東禅寺」(寺は現存しないが、地名として附馬牛町東禅寺が残り、その16・17割内(この中央附近)が旧跡とされるようである)、及び、現存する「盛岡東禅寺」の開山とされる臨済僧で、南北朝初期には、この遠野や盛岡で活躍した名僧であるらしい。恐らく、個人ブログ『「遠野」なんだり・かんだり』の「東禅寺」が、やや明確でない「無盡和尙」の行跡と以上の寺との関りをよく検証されているものと思うので、読まれたい。]

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