「新說百物語」巻之一 「狐鼡の毒にあたりし事」
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。今回はここから。本話には挿絵はない。]
狐(きつね)鼡(ねずみ)の毒にあたりし事
九条あたりの村に、九郞右衞門といふ百姓あり。
毎日、京へ小便(せうべん)を取りに出《いで》けるか[やぶちゃん注:ママ。] 、久々、得意のかたへ來たらず。
「いかゝ[やぶちゃん注:ママ。] いたし侍るや。」
と、うはさなどして居けるが、三月ほどすぎて、まへのごとく、小便とりに來りける。
あるじのいはく、
「久しく見へざりしが、病氣にても、おこりしにや。いまた[やぶちゃん注:ママ。] 、色もあしく、おも、やせたる。」
と、尋ねたりけれは[やぶちゃん注:ママ。] 、九郞右衞門、語りていはく、
「それにつき、ふしき[やぶちゃん注:ママ。] なるはなし、御座候。御聞き下さるへし[やぶちゃん注:ママ。] 。ある時、あまり、家内、鼡のあれけるを、氣の毒におもひ、京の町を賣《うり》ありく「鼡取藥(ねつみ[やぶちゃん注:ママ。] とり《ぐすり》」といふものを、とゝのへ、飯(いひ)の中(なか)にいれ、棚にあけ[やぶちゃん注:ママ。] をきたり。あくる日、鼡、五疋、その飯の側(そば)に死して居たり。何の氣もつかす[やぶちゃん注:ママ。] 、裏の藪へ捨てたりける。又、年頃、其うらに、穴をほりて住む狐あり。その子きつね、五疋、その鼡を一疋つゝ[やぶちゃん注:ママ。]喰ひて、是れも、毒にあたりて、五疋なから[やぶちゃん注:ママ。] 、死したり。
『不便の事。』
と思ひけれとも[やぶちゃん注:ママ。] 、すべきやうなく、打ちすき[やぶちゃん注:ママ。] たり。二、三日過《すぎ》て、ひとりの三歲になる「九郞一《くらういち》」といふ子、ゆきかた、なし。近所のものも、やとひて、方々、たづぬれども、行きかたなく、そのあくる日、背戶(せど)の井筒(ゐづゝ)の側に、死して居たりける。九郞右衞門夫婦のもの[やぶちゃん注:九郎衛門の直接話法であるのだから、こういう言い方は、やや違和感がある。]、なげき、腹を立て、彼の狐の穴のはたにゆき、なくなく、くどきけるは、
『鼡を取りて、何心《なにごころ》なく藪へ捨てしに、汝が子とも[やぶちゃん注:ママ。] 、毒としらて[やぶちゃん注:ママ。] 、喰ひけるは、此方《このはう》の、たくみて仕(し)たる事にてもなく、又、年月(としつき)、夫婦のものは、あきたらぬ日も、けだいなく、食事をくはせし事、何年そや[やぶちゃん注:ママ。] 。それにいかに畜類(ちくるい[やぶちゃん注:ママ。])なれは[やぶちゃん注:ママ。]とて、了簡もなく、我《わが》ひとり子《ご》をころす事、餘りの事なり。子の不便(ふびん)なるは、いつれも[やぶちゃん注:ママ。] 、おなじことなるに。』
と、かきくどきて、わめき、かなしみ、夜にいりて、夫婦ともに、ふせりける。其朝(《その》あさ)、いつものことく[やぶちゃん注:ママ。] 、とくより、おき出《いで》て、背戶口(せと《ぐち》)の井に、悬(かゝ)[やぶちゃん注:「懸」の異体字。]りて、水を汲(く)まんと、つるべを、あぐれども、おもくて、あがらす[やぶちゃん注:ママ。] 。立ちよりて、よくよくみれば、親の狐、弐疋、井戶へ、身をなげて、死したり。五日のうちに、狐七疋、鼡五疋、我《わが》子ひとり、十三の命(いのち)をとりけるゆへ[やぶちゃん注:ママ。]、其日、すぐに、『出家に、ならん。』と、なせしを、近所の衆に、とゝめ[やぶちゃん注:ママ。]られ、思ひとまりけれとも[やぶちゃん注:ママ。] 、こゝち、すぐれず、ようよう、今日、はしめて[やぶちゃん注:ママ。] 、此所まて[やぶちゃん注:ママ。] 、來たりける。」
と、かたりし。
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