「新說百物語」巻之三 「先妻後妻に喰付し事」 / 巻之三~了
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
今回はここから。本篇には挿絵はない。この篇も濁音脱落が多い。ママ注記が五月蠅いが、悪しからず。]
先妻後妻に喰付《くひつき》し事
江府《えふ》[やぶちゃん注:江戸の異称。]何町とやらいひける所に、壱人《ひとり》のあら物や、ありける。
妻をむかへて、二、三年にもなりたりけるか[やぶちゃん注:ママ。]、又、外《そと》に、手かけを、かこひて、半年はかりも過きて[やぶちゃん注:総てママ。]、本妻を、うるさく思ひ、何とそ[やぶちゃん注:ママ。]して離緣したく思ひけれとも[やぶちゃん注:ママ。]、いゝ[やぶちゃん注:ママ。]出すへき[やぶちゃん注:ママ。]をりもなく、見おとしたる事もなけれは[やぶちゃん注:ママ。][やぶちゃん注:離縁を告げるに相応しい落ち度もないので。]、つくつく[やぶちゃん注:ママ。]と思案をめくらし[やぶちゃん注:ママ。]、我内《わがうち》の金銀を、したい[やぶちゃん注:ママ。]に、へらし、諸道具など、賣りしろなし、次第に、貧になりたる樣子に似せて、あるとき、妻にむかひて、
「かくの如く、渡世に、ゆだんなく、かせけとも[やぶちゃん注:総てママ。]、手まはし、あしくなりたり。我身も、一先(ひとまつ[やぶちゃん注:ママ。])奉公にても、いたしみんと、おもふなり。御身も、しはらく[やぶちゃん注:ママ。]やしきつとめにても、いたさるべし。なになにとぞ、末にては、又々、一所に、くらさん。」
と、まことしやかにかたりける。
女房、つくつく[やぶちゃん注:ママ。]、是《これ》を聞きて、
『是非もなき事。』
と、おもひ、人を賴み、あるやしきかたの、物逢奉公[やぶちゃん注:「ものあひほうこう」か。意味不明。識者の御教授を乞う。]に出《いで》たりける。
『さだめて、あとにて、おつと[やぶちゃん注:ママ。後も同じ。]も、手代奉公にても、いたさるべし。』
と、おもひくらしけるが、一月たてとも[やぶちゃん注:ママ。後も同じ。]、たよりもなく、二月たてとも、おとつれ[やぶちゃん注:ママ。]もなかりけるか[やぶちゃん注:ママ。]、あるとき、御供に、くはへられて、湯嶌(ゆしま)の天神へ、まいり[やぶちゃん注:ママ。]けるか[やぶちゃん注:ママ。]、我住みける町を通りしに、
『先に住みなれし家は、今にては、何方《いづかた》の人の住《すみ》けるやらむ。又、何店(《なに》みせ)にかあらむ。』
と見けれは[やぶちゃん注:ママ。]、やはり前の通りの、のうれんをかけ、我おつと、店に帳(ちやう)をつけて居たりける。
内より、若き女、茶わんを持ち出《いで》て、さし出しけるを、つと、うけ取りて、のみたりける。
『是れは。いかにもふしき[やぶちゃん注:ママ。]なる事かな。』
と、おもひけるより、心も、すます[やぶちゃん注:ママ。]、行《きゅき》もとり[やぶちゃん注:ママ。]の御ともにも、物をも、いはす[やぶちゃん注:ママ。]、思案かほにてありしかは[やぶちゃん注:ママ。]、傍輩《はうばい》も、なにの心も、つかず、
「心にても、あしきや。」
と、たつねしかは[やぶちゃん注:総てママ。]、
「いかにも。心持ち、あしく。」
とて、歸へりても、すく[やぶちゃん注:ママ。]に、打ちふし居けるか[やぶちゃん注:ママ。]、夜る夜るは、おそはるゝやうに、うめき、夜、あくれば、何のかはりたる事も、なし。
四、五日にもなりて、いよいよ、夜の内は、さはかしく[やぶちゃん注:ママ。]、昼は、物をもいはす[やぶちゃん注:ママ。]して、伏し居たり。
ある夜、夜中過《すぎ》に、殊の外、さはかしく[やぶちゃん注:ママ。後も同じ。]ありけるゆへ[やぶちゃん注:ママ。]、皆々、打ちよりて、部屋にゆき、見たりけれは[やぶちゃん注:ママ。]、正氣をうしなひて、右の手に、女の髮を、百筋はかり[やぶちゃん注:ママ。]、にきり[やぶちゃん注:ママ。]て死し居《ゐ》たり。[やぶちゃん注:失神・気絶していた。]
水なと[やぶちゃん注:ママ。]、のませ、かいほういたしけれは[やぶちゃん注:ママ。]、息出《いきいで》て、よみかへりたり。
又、そのあすの夜は、宵のうちより、くるひにはしりけるか[やぶちゃん注:ママ。]、かん病の傍輩も、くたひれ[やぶちゃん注:ママ。]、ふしけるが、八つ頃[やぶちゃん注:午前二時頃。]にいたりて、身の毛もよたちて[やぶちゃん注:ママ。]、さはかしかりけるに、皆々、目をさまして見けれは[やぶちゃん注:ママ。]、此度《kのたび》は、口のはたは、血まみれになり、顏も、おそろしく、絕死《ぜつし》したり。[やぶちゃん注:同前で、失神発作を起こしたのである。]
いろいろと、かいほうして、よみかへり、そのまゝ、夜中ながら、肝入(きも《いり》)[やぶちゃん注:奉公の斡旋業者。]のかたへ、送りかへされし。
そのゝち、きけは[やぶちゃん注:ママ。]、
「あら物やの後妻《うはなり》は、夜分、ねたりける折に、あやしき女、來たりて、喰ひころされし。」
と、うわさしける。
そのはうはい[やぶちゃん注:ママ。]、京へ歸りて、かたり侍る。
新說百物語巻之三
[やぶちゃん注:「後妻」には、読みが振られていないが、標題は「ごさい」でもよかろうが、最後の噂の台詞は、必ずや、「うはなり」でお読みたいのである。]
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