佐藤春夫譯「支那厯朝名媛詩鈔 車塵集」正規表現版 「はつ秋」王氏女
[やぶちゃん注:書誌・底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここ。]
は つ 秋
白 藕 成 花 風 已 秋
不 堪 殘 睡 更 回 頭
晚 雲 帶 雨 歸 飛 急
去 作 西 窗 一 枕 愁
王 氏 女
白蓮(びやくれん)さきて風は秋
ねざめ切なく見かへれば
雲あしはやき夕ぞらの
夜半や片しく袖に降るらん
※
王氏女 明朝。 未詳。 年ごろになって良緣がなかつた。 その悲しみを歌つたこの詩を見て、趙德麟といふ人が彼女を娶(めと)つた。 世人は二十八字媒と呼んで佳話とした。 轉句の「晚雲」を一本では「曉雲」に作つてゐる。 しかし晚雲でなければ詩情に乏しいかと思ふ。 南方の支那では一般に夏時は午睡をする習慣があることを思へば、殘睡に回頭して晚雲を見ても不自然ではないわけである。
※
[やぶちゃん注:調べたところ、この解説の「明朝」は誤りで、王氏女は宋代の女流詩人である。以下、推定訓読を示す。標題は「咏懷」のようである。佐藤も述べている通り、「晩雲」は一本に「曉雲」とするが、佐藤の説が相応しいので、それに従う。なお、この詩が婚姻の契機となったことは、中文サイト「中國古典戲棘資料͡庫」の「堅瓠六集」卷一の「詩媒」に記されてある。
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咏懷(えいくわい)
白き藕(はちす) 花を作(な)して 風(かぜ) 已(すで)に秋たり
殘睡(ざんすい)に堪へず 更に頭(かうべ)を回(めぐ)らせば
晩(くれ)の雲(くも) 雨を帯び 歸へり飛ぶこと 急なり
去りて 西の窗(まど)に一枕(ひとつまくら)の愁ひを作(な)せり
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この「藕」の字(音「グウ」)は狭義には蓮根を指すが、広くハスの花を含む意でも用いる。]
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