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2023/06/16

「新說百物語」巻之三 「あやしき燒物喰ひし事」

[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。

 底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。

 今回はここから。本篇には挿絵はない。この篇も濁音脱落が多い。ママ注記が五月蠅いが、悪しからず。]

 

   あやしき燒物喰ひし事

 去る大國の國守より、一年に一度つゝ[やぶちゃん注:ママ。]、御領内御けんぶんに遣はさる事ありけるか[やぶちゃん注:ママ。]、その国の山家、三百軒ばかりの一村あり。

 庄屋・代官、壱人して、相《あひ》つとめ、その所を、おさむる冨江の何某といふもの、あり。

 御けんぶんの侍衆、その所に御滯留ありて、一宿《いつしゆく》ありけり。

 山家の事なれは[やぶちゃん注:ママ。]、格別の馳走も、なりかたく[やぶちゃん注:ママ。]、料理も、おゝかた[やぶちゃん注:ママ。]は精進(しやうじん)にて、燒物ばかりは、さかなにてそ[やぶちゃん注:ママ。]、ありける。

 切目《きりめ》鰤(ぶり)のことく[やぶちゃん注:ママ。]にて、あぢはひも、殊の外、よかりける。

 其あけの日、仲間《ちゆうげん》壱人、そのあたり、ぶらぶらと、あるき、すこし高みに、小屋のありけるをのそき[やぶちゃん注:ママ。]てみれは[やぶちゃん注:ママ。]、あるひは、香《かう》のものやうの物なと[やぶちゃん注:ママ。]ありて、又、おゝきなる[やぶちゃん注:ママ。]桶に、魚のきりたるを、塩づけにして、五つ、六つ、ならへ[やぶちゃん注:ママ。]、をき[やぶちゃん注:ママ。]たりける。

 仲間、つくつく[やぶちゃん注:ママ。]おもひけるは、

『ゆふへ[やぶちゃん注:ママ。]のやきものは、此さかなにてあるへし[やぶちゃん注:ママ。]。いさや[やぶちゃん注:ママ。]、やきて、くらはん。』

とて、四、五人、打《うち》より、火にて、あふり[やぶちゃん注:ママ。]くらふに、其味のうまき事、ゑ[やぶちゃん注:ママ。]もいはれず、二切・三切も喰《く》ひけるが、しはらく[やぶちゃん注:ママ。]ありて、一身中《いつしんぢゆう》、あつくなり、酒にゑひたるごとく、ふらふらとして、足も立たす[やぶちゃん注:ママ。]、一向に、身も、なへて、正氣のあるものは、壱人も、なし。

 外の仲間、是れを見て、おゝきに[やぶちゃん注:ママ。]きもをつふし[やぶちゃん注:ママ。]、ことの外、さはき[やぶちゃん注:ママ。]、とやかくいたしけるを、亭主、冨江、きゝ付けて、其所へ來たり、

「もしも是は、小屋の内に、たくはへをき[やぶちゃん注:ママ。]し桶の内なるものを、喰ひ給はずや。」

と問ふ。

 しかしか[やぶちゃん注:ママ。]の樣子を、かたりけれは[やぶちゃん注:ママ。]、何やらん、草の葉を持來《もちきた》り、水にて、のませける。

 しはらく[やぶちゃん注:ママ。]ありて、みなみな、其醉ひも、さめ、常のことく[やぶちゃん注:ママ。]になりたり。

「是は、何にて侍るやらん。又、ゆふへ[やぶちゃん注:ママ。]は、何の事もなく、今日は、かくのことく[やぶちゃん注:ママ。]、ゑひ侍る。」

と、とひければ、亭主、こたへていふ樣《やう》、

「別の物にても侍らず。此所は、おく山にて、海に遠く、殊の外、さかなの不自由なるゆへ[やぶちゃん注:ママ。]、冬に至りて、蟒(うはばみ)の食《しよく》にうへて、よはりたる時をかんかへ[やぶちゃん注:ママ。]、かりいだして、ちいさく[やぶちゃん注:ママ。]切り、塩漬けにして、一年中の客に、つかひ侍る。此燒物を出《いだ》し申す時は、いつにても、連錢草《れんせんさう》をしたし物にして、付け侍る。さなけれは[やぶちゃん注:ママ。]、先のやうに、酒にゑひ[やぶちゃん注:ママ。]たる如くにて、四、五日も正氣は、是れ、なし。」

と、こたふ。

 夜前より、此燒物を喰(くい[やぶちゃん注:ママ。])けるもの、なにとやら、氣味あしく、ゑつき[やぶちゃん注:ママ。「嘔(吐)(ゑづ)く」。]などしけるものも、ありしとそ[やぶちゃん注:ママ。]

[やぶちゃん注:本邦の大型の蛇類を塩漬けにしたもので中毒を起こすというのは、ちょっと考え難いが、それがニホンマムシであって、毒が、例えば、口中内にあった傷から入った場合には、あり得ることかも知れないけれども、全員がそうなったというのは、説明がつかない。されば、これが実話であるならば(書き方自体が、かなりリアルであるから、実話であろう)、寧ろ、塩がうまく効いておらず、腐敗し、そこに強毒性の細菌・ウィルス・黴(かび)などが増殖していたと考えた方が、腑に落ちるように思われる。

「連錢草」双子葉植物綱シソ目シソ科カキドオシ属 Glechoma hederacea亜種カキドオシ Glechoma hederacea subsp. grandis 。「垣通し」の異名。当該ウィキによれば、本邦では、『北海道・本州・四国・九州に分布』するとあり、『丸い葉が並んで見えることから、連銭草(れんせんそう)という別名もある』とある。また、「薬用」の項には、『全草を乾燥したものは和種・連銭草(れんせんそう)、中国種・金銭草という名で生薬にされ、子供の癇の虫に効くとされる』。『このことから』、『俗にカントリソウの別名がある』。『地上部の茎葉には、精油としてリモネン、このほかウルソール酸、硝酸カリ、コリン、タンニンなどを含んでいる』。『一般に、精油には高揚した気分や高ぶりを鎮静する作用があるといわれて』おり、『過去の研究によれば、カキドオシの温水エキスを糖尿病の動物に与えた実験で、血糖降下作用があることが認められるとした報告もされていて』、『糖尿病治療にも応用できることが日本生薬学会で発表されている』。『しかし、動物実験により糖尿病に良いとされる発表については、これを疑問視する人もいる』。『生薬の連銭草は』、四~五『月ころの開花期に、地上部の茎葉を採取して陰干しにしたものである』。『民間療法では、尿道結石、胆石、利尿、消炎薬として』使われ、『幼児の癇の虫には』『煎じ汁を用いるとされ』ている。また、『湿疹の幹部に煎じ汁を直接塗ったり、糖尿病予防に服用するといった民間療法がある』が、『冷え症や妊婦への服用は禁忌とされている』とあった。]

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